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驚愕の眼差しで鶴田を見詰める。 でも鶴田は相変わらず空を見上げたまま、秋風に前髪をそよがせていた。 「安野が最近、めちゃくちゃ幸せそうな顔で、教室から空を見てる時があるんだ」 「……え?」 鶴田は私を見ることなく、穏やかに語る。 「安野って、あんまり周りとはしゃいで騒ぐイメージないんだけど、その時だけは、ほんっとウズウズしてる感じでさ」 「……うん」 「何が見えるんだろうって、気になって仕方なくて、俺も空を見る」 「……」 「そしたら、いっつも鱗雲!」 ようやく振り返った鶴田の笑顔は。 あまりに眩しくて、物凄く綺麗で、キラキラキラキラ輝いていて。 もう、観念するしかないと分かった。 私は両親に「ほらね」と胸を張る。 ほらね、だから言ったじゃん。 『鱗雲』なんだよ、あれは絶対! 「……ライヴ、一緒に見に下りる?」 笑顔から、ほんの少し遠慮がちな、窺うような表情になって、鶴田が私にそっと右手を伸ばした。 私はきちんと鶴田と目を合わせた。 始めるとしたら、今だ。 「ううん、ここにいる」 ここから眺めていたい。 「鶴田と一緒に、ここから見てる」 差し出された右手を、しっかり繋いだ。 照れたように笑う鶴田を、とても愛しく感じた。 しばらく世界から孤立しよう。 鶴田と2人、教室で。 こうして私の第一歩は、ものすごく大きな歩幅で踏み出されたのだ。 完  
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