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 雨宿にはうってつけだったこの酒屋も、今や軒先の屋根には穴ぼこが空いていて、そこから水がピチャ、ピチャと音を立てて滴る。水溜りに映える脂っこい俺に青春時代の面影などこれっぽっちもなく、どっかでゲコゲコと呑気に鳴くカエルの方がよほどマシな人生を送っている気さえする。    高校時代、とはいえ今から十年前だが、あの頃は暑くなると、いつもここで木の棒についたアイスを食べていた。あれはたしかイチゴ味のかき氷に似た氷菓だったと思う。一本八十円なんて今のご時世ではあり得ない価格で売られていて、貧乏だった俺はそいつを重宝していた。    そして俺の隣には、えらく別嬪だったが人間嫌いな彩花がいて、彼女もまたイチゴ味のアイスをかじっていた。シャリシャリと夏の到来を感じさせる快音。どっかで鳴くセミにも負けず、俺たちはアイスを食べた。特に世間話をするわけでもない。ただ、アイスを食べて路線バスが来るのを待っていた。    だからといって、彼女とは情人関係になることもなかった。お互い家が近く、いわゆる幼馴染みだったから、利用するバスが同じだっただけだ。ただそれだけの関係で、互いの境界線を超えることもなく、テリトリーを共有するなど持ってのほかだった。    今から思えば、あのときキスの一つでもしときゃ良かったな。そうすれば俺の青春も少しは甘酸っぱくなっただろうに。ただ、十年経ってやっと後悔するくらいだから、当時はそれほど恋慕の情も湧かなかったのだろう。    降り頻る雨の中、俺は過去を顧みる人を演じるのも退屈に感じてしまい、暇を持て余さないために店の中を散策しようとした。バスはあと十五分以上経たないと来ない。それまで、飲めもしない酒でも見て時間を潰そう。 「ん?」  店内に入ろうとした手前、俺はあるものを発見した。それは一見何の変哲もないガチャポンだ。小さい頃は戦隊モノのフィギュアが欲しくて、親にねだって何度も回したものだ。コロンと落ちて転がってくる様がドキドキ感を増幅させてくれる、子供には十分なエンターテインメントの一つだろう。  ただ、このガチャポンは子供向けの玩具ではなさそうだ。 『あなたの明日を決めちゃいます!』  胡散臭い。それが俺の第一印象だった。ただ、次第に興味も湧いてしまう。新宿の隅で独特な雰囲気を醸し出す占い師と似ている。やらなきゃ損損。そう言われている気がして、俺は一度回してみることにした。 「五百円か」  ポケットから財布を取り出し、ちょうど小銭入れに入っていた五百円玉を投入口に入れる。取手をつかんで時計回りに回すと、ガランガランと音を立てて、一つのカプセルが取り出し口に転がってきた。取り出してみると、中には一枚の紙が入っているだけだった。どうせしょうもない明日の運勢をつらつらと書いているだけに決まっている。ラッキーアイテムでも書いてあれば合格だろう。  俺はカプセルを開け、中に入っていた折り畳まれた紙を取り出して開いてみた。 『明日は必ずピンク色の馬を拾うべし』 「はあ?」  思わず素っ頓狂な声が出てしまった。 「ピンク色の馬って、なんだよ」  ひとしきり俺が知っているキャラクターを思い浮かべてみるが、そんな変わり種は思い浮かばない。それに、随分と具体的だが、何だかすっきりしない未来予想だ。どうせなら『明日死にます』くらいぶっ飛んでくれた方がよほど遊び心をくすぐってくれるだろうに。しょうもないどころか意味も分からない。 「あーあ、くだらねえな」  ただ、周りにはゴミ箱すらないから、俺はそいつを財布の中にしまって、五百円損したことを憂いながら暗がり始める街を眺めていた。
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