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 翌日。俺は八時に起床して九時に家を出た。十月の涼風が頬を撫でるように吹いて、心地良い気分になる。  幸い電車もそれほど混まず、十時過ぎに上野駅に到着した。平日ともあって、いるのはお年寄りか暇そうな大学生が多い。家族連れもちらほら見かけるが、賑わいとはほど遠い上野公園が俺の目の前に広がっている。  十分ほど歩いて上野動物園に着き、お金を払ってチケットを購入する。中は閑散としていたが、入り口付近にいるジャイアントパンダのブースだけは大いに賑わっている。まさに客寄せパンダの名を汚さぬ活躍ぶりだ。ただ、俺は人混みが嫌いだから、パンダは見ずに別のエリアへと移動する。  象、猿、虎。それに走り回るゴリラ。優雅に歩く鶴にのんびりとしているアザラシ。同じ命を持つ動物だが、みんな個性があって違っている。  そういえば小学生の頃、金子みすゞさんの『私と小鳥と鈴と』を音読した記憶がある。「みんなちがってみんないい」。あのときの俺は、この言葉の意味を理解できていなかったが、大人になればなるほど金子さんが放った言葉の重みをヒシヒシと感じる。  結局、みんな違うことを認め合うことが大事で、そこを無理やりでも合わせることは不可能だ。鼻の長い象と真っ赤な顔をした猿に同じ呼吸は求められない。もちろん、俺とアザラシだって全くの別物だ。人間同士だって違う。それぞれの環境でそれぞれの考えを元に、それぞれの生き方がある。 『正道。アンタは決して強くないけど、人を労わる心を持てる子だよ。大人になってもその心を忘れちゃいけないよ。決して、人に刃を向けるような大人になっちゃいけないよ』  母さんは、ときたま俺の精神に一本の筋を通してくれる。東京ではなんだかんだあったが、それでも誰も傷つけずに自らの身を引くことができたのは、母さんのおかげだろう。 「パオーン」  タイミングよく、どこかで象が鳴いている。まるで俺の今後を応援してくれているようだ。  ありがとよ。  心の中で、俺は名前も知らない象に感謝した。
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