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メールの着信音が聞こえたので、俺はスマホの画面を見た。登録している人材派遣会社からだった。
二千五十二年。多くの仕事が人からAIに取って代わっていた。その流れで、コピーライターだった俺も失業している。何と言っても、AIは俺たちが頭を悩ませて絞り出すキャッチコピーを、いとも簡単に、それもセンスの良いヤツを考え出すのだから。
今日もハローワークに行ったけれど、手頃な仕事は見つからなかった。土木作業員や野菜の収穫作業など、中年の元コピーライターができる仕事ではない。
俺は派遣会社に電話することにした。ひょっとすると良い仕事を紹介してくれるのかも知れない。
「もしもし、河原崎ですが」
「ああ、河原崎さんですかぁー」
いつもの派遣会社の担当者だった。声から想像すると二十代か三十代前半、つまり俺より十歳以上は若そうだ。けれど、失業者とは言え、目上の俺を小馬鹿にしたような話し方をする。不愉快だった。
「いい仕事があるんですがぁ」
担当者は軽いノリで言う。
「どういう仕事かな」
「ダイトウリョウですぅ」
「だっ、ダイトウリョウって、国で一番偉い人の大統領?」
「そう、その偉い人の大統領ですぅ」
はて、日本に大統領なんていたっけ。いないよな。俺がそう言うと、
「ハハハ、もちろん日本には大統領はいません。タルタル共和国の大統領ですぅー」
「タルタル共和国……聞いたことないな」
「ヨーロッパと中東の間にある小国です。その国が大統領を募集してます」
「どうもよく分からない」俺は首を捻る。大統領って、その国の国民の選挙で選ばれるんじゃないのか。
「一日七時間勤務で、土日は休みの週休二日。往復の航空運賃込み。良い条件だと思いますけど」
大統領の日当は、ほぼ日本の最低賃金と同じだった。「大統領にしては少なすぎるのでは」と担当者に聞くと、
「ハハハ、AIでもできる仕事に高い給料は支払えませんよぉー」
俺も異論はない。
今やAIに任せれば、政治や経済について最適な政策を選んでくれる。後はAIが選んだ政策を官僚たちが実行すればいいだけだ。だから政治家なぞいらないわけで、コピーライターのように消滅してもいい職業なのだ。ところが、憲法には国会議員の規定があるので、未だに彼らは失業していない。もっとも給料は最低賃金で支払われているけれど。
「で、契約期間はどのぐらいだ」
「一年間です。希望すれば、さらに更新が可能です」
「分かった。その仕事、やってみようと思うんだが、詳しく教えてくれるか」
日本にいてもいい仕事はない。取り敢えず食べていくには出稼ぎもやむを得ない。大統領という仕事がどんなものか想像できないけど、まず話だけでも聞いてみよう。
「やって頂けますか。詳しいことはタルタル共和国の大使館で聞いてください。場所と電話番号をお知らせしますぅー」
担当者は軽いノリで言った。
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