できない私

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できない私

「それじゃ、最初からもう一度やってみようか」  今は部活の真っ只中、演劇部の部長で高校三年生の砂川玲緒の声が小さめのホールの中にこだました。 「はいっ! 了解しました!」  そしてあたし、相原柚葉は声を一段階、張り上げて返事をした。  あたし達、演劇部は来週に迫っている学校の文化祭で演劇をやる。  あたしはその演劇で高校二年生にしてはじめて主演を演じることになった。  あたしの役は学校の中でもイケメンな同学年の男子高校生に告白をして振られてしまうが、めげずに頑張っていく役だ。  そんなめげずに努力していいたのが実って後日、告白した男子に再度、告白されて両思いになって付き合い始めるそんなお話だ。  人生ではじめての主演で個人的にはかなり気合いが入っている。  って言うのもあるけど、今回はそれだけではない。  それはめげずに頑張る、そんな自分が演じる役が気に入っていた。  そして、もう一つ――  あたしは演劇部の部長である砂川玲緒に恋をしている。  玲緒先輩は優しくて、かっこよくて、演技もうまい、そんな尊敬する先輩だ。  その中でも優しさは誰かだけ特別ということは絶対になく、みんなに優しくしてくれる。  もちろん、このあたしにも――。  こんなあたしでも気にかけてくれたのが何よりも嬉しかった。  恋のことで落ち込んだときが何度かあったけど、その時は自分の役を思い出して何度も乗り越えてきた。 「それじゃ、最初から行くよー。よーい、はじめっ!」  玲緒先輩はそう言うと、私の真正面に来る。  部長である玲緒先輩は同級生のイケメン男子高校生役。  ――そしてあたしの告白を振る役でもある。 「それで、話って何?」  玲緒先輩があたしに問いかけてくる。  その目はとても澄んでいて、真剣な目だった。 「あのねあたし、あなたのことが好きです。もしよかったら付き合ってもらえませんか?」  あたしは台本通りに言葉を発した。 「ゴメン。俺、そういうのには興味がないんだ。本当に悪いけど付き合えない」 「カット!」  そう高校3年生の先輩から声がかかる。  あぁまたダメだったか……と思った瞬間、さっきまで自分の真正面にいた玲緒先輩が真横に来ていた。 「っ!」  急に好きな人が隣に来ると、心臓が飛び出そうになる。  玲緒先輩、心臓に悪いので急に隣に来るのをやめてください……。  あたしは息を整えながら、心の中で叫んだ。 「今のセリフ、ちょっと緊張感がない気がするな。告白するときってやっぱり緊張とかってしないかな? 俺は告白したことがないからわからないけどさ」  緊張かぁ……。 「そうかもしれないですね……」  あたしは思ったことをそのまま話した。  自分は告白したこともされたこともないから、告白した人の緊張はわからない。  あたしは目をつむり、告白する人の緊張をできるだけ鮮明にイメージしてみる。  そのイメージがなんとなく固まったところで私はそっと目を開けた。  それを見て察したのか、玲緒先輩が立ち位置に着く。 「それじゃあ、行くよー! よーい、はじめっ!」  玲緒先輩が再び合図をすると、あたしは深く行きを吸った。 「それで話って何?」 「あ、あのね……あたし! あ、あなたのことがッ……!」 「カット!」  うぅぅ……、恥ずかしい。  見事に声が裏返ってしまった、ちょっとやりすぎちゃったかなぁ……? 「先輩、もうそろそろ部活が終了する時間じゃないでしょうか?」  一年の生徒が玲緒先輩に声をかける。  玲緒先輩は壁にかかっている時計を見ると、ほんの少しだけ驚きの表情を見せた。 「あっ、ホントだ。教えてくれてありがとう、それじゃもう一回だけノンカットで通して終わりにしよう」  あぁ、またあたしが時間を使っちゃたせいで……。  もっと、もっと努力しなきゃ。  せっかく主演が演じられるから、みんなの足を引っ張りたくないから。  せめて今日、この一回だけでも最高の演技をしよう。  そう、あたしは心の中で決意した。    
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