大晦日

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大晦日

白くつるんとした表面を指先でなぞりながら、傍らの依春の頬の肌触りに似てるな…なんて邪な考えが頭をよぎる。 「リアムさん、そのはんぺんを手で潰してこっちに入れてくれますか?」 ボウルを手渡されて、一瞬浮かんだ邪な思いを振り払うと、おせち作りのお手伝いに真面目に取り組んでいますよ風を装う。 「了解。おせちは買って食べるものかと思っていたから、こうして1つずつ手作りするのは新鮮だね」 「黒豆とか時間がかかるのは出来合いのを買っちゃいますが、手作りだと好みの味付けができるから。付き合ってくれてありがとうございます」 祖母に育てられてきた依春は、そう言って普段の食事をつくる勢いではじめてしまうから感心する。 「依春が俺にもできる作業をまわしてくれるからだよ。時間かかってたらごめん」 依春に比べて料理の腕がてんでダメなリアムからしたら、―こうして依春と生活する前まではデリか冷凍食品が冷蔵庫にストックされていたくらいだし―隣で見ていると手際がよくて本当に手伝えているのか不安になるくらいだ。 「そんなことない。僕は楽しいですよ。お話しながらできるし…ぁ、伊達巻きの味付けは甘いのと出汁が効いてるのどちらが好きですか?」 「特に決まりがないなら、お弁当に入れてくれる卵焼きの味が好きだなぁ」 「じゃぁ、味付けはそうしましょう」 そう言うと、慣れた手つきでボウルの中に調味料を加えていく。 「あの…リアムさん、今回ご実家に帰らなくてよかったんですか?僕は地元の祖母といつでも会えるからいいけど」 遠慮がちな声が肩下から聞こえて、しばらく言いたそうにしていたのはそれかと、最近のそわそわの原因がようやくわかった。 「いいんだよ。新年の挨拶はこの前みたいにオンラインでできるし、顔を見せに行こうと思えばいつでも飛べるんだから。それより、俺は依春と一緒に過ごしたい」 「でも、あんなに会いたいなって仰っていましたよ?」 「あ〜、あれは、俺にというよりは……」 依春の心配しているのは、クリスマス休暇の際のオンライン通話のことだ。 すぐには帰れないが、せめてパートナーとなった依春を家族に紹介をしたいと顔合わせをしてもらった。 リアムの予想通り、我が家族は繊細で穏やかな雰囲気の依春との初会話で心を奪われ―あまつさえ姉からはなにか非合法な手を使ったんじゃないかと俺を疑うほど。違うと否定したが―いつでも会いに来なさい、と大歓迎。 息子そっちのけで依春との会話に花が咲き、通話を切り上げるのに苦労したほどだった。 見た目も相まって、人柄も素敵な依春のことだから、リアムの家族も気に入ることはわかっていたが…。 家族も依春を気に入ってくれたことは素直に嬉しいが、あの興奮のしようから連れていったら依春との2人きりの旅行もままならないんじゃないかと不安がよぎる。 なぜなら、オンライン通話以降、今まで日本の息子に連絡などほとんどしなかった家族が毎日のように連絡を寄越すようになったのだ。 ―ハルはいつ連れてきてれるの?直接、お顔をみたい。あなたが忙しいならパパが迎えに行くわ。日本には慣れてるし― 勝手に依春を連れていかないでくれ…。 ―ハルくんの好きなものはなに?いつも弟がお世話になっているから贈り物をしたいわ。直接聞きたいから連絡先を教えなさいよ― まぁ、送って貰う分には依春も喜ぶからかまわないけど。姉さんに依春の連絡先は渡すものか。 ―来年のバケーションはハルにこちらでゆっくり滞在してもらったらどうだろう。癒される時間は必要だろう― 夏なら時間は作れるだろうけど、2人きりの時間も欲しい。本心は、依春に会って愛でたいのが丸わかりだ。 内容は、すべて依春が中心のもので、時折「ハルを困らせていないでしょうね」と俺への忠告が入る。 「うちの家族が会いたいのは依春にだよ。ここ最近、連絡が入ってるのはいつ依春に会える乗って君のことばかり」 「えっと、それは……」 「あの日以来、うちの家族は依春にメロメロなんだよ。だけど、絶対、依春にかまい通して疲れさせるだろうから……」 「あのっ、みなさんがよかったら僕もリアムさんが育った場所に行って、お話したいです」 最後まで言い終わらないうちに、アメジストの瞳がぱぁっと明るくなり、嬉しい!と返ってきた。 その嬉しそうな顔が可愛いんだけど、んぅ〜そうきたか。依春のことだから、受け入れられたことを喜ぶのはわかっていたけど。 「えっと、でも俺としてはせっかく海外旅行に行くなら2人でゆっくり過ごしたいし……」 そんな子どもっぽい嫉妬心を呟くと、きょとんとしたつぶらな瞳。 「僕とリアムさんは、こうして一緒にいる時間を取れるじゃないですか。リアムさんもそうしてくれてるのわかってますよ。だけど、ご家族とは、海を挟んでなかなか会えないんですし、僕としてはご家族との時間を大切にしてほしいです」 幼いころにご両親を亡くした依春としては、思うところがあるのだろう。いつもとは違って、しっかりと俺に喝を入れる言い方に気付かされる。 そうして焼き上がった伊達巻きの生地を筒状に丸める作業に移った依春の細い肩を頼もしく思った。 「そうだね。じゃぁ、年が明けたら俺の実家に帰る予定でも話し合おうか」 「いいですね。僕もそれまでにリアムさんのご家族に何か喜ばれるものを考えておきたいです」 実物大の依春に会えるだけで、うちの家族は大喜びなのはいうまでもないけど。 こうして、「来年は…」と先のことをゆっくりと歩んでいけるのは、とても幸せに思う。依春と出会わなければそんなこともなかっただろうし。 「じゃぁ、こっちにいる間はしっかり独り占めさせてもらおうかな」 「いや、いつも独り占めしてるはずですけど」 「大晦日って夜更かしできるから、2人の時間もたくさんだと思わない?年を跨いで依春を独り占めできる幸福を噛み締めて過ごしたい」 言わんとしていることが伝わったのか、伊達巻きを縛っていた手が覚束なく揺れると耳朶が朱に染まる。 「えっと、その…僕は、初詣は元旦にいきたいんですよ…」 それは、断る理由にしては弱いかな。 「初詣って三が日にすればいいんだよね。大丈夫、それくらいには復活す…んぅ!」 依春が絆されるという王子様スマイルで流されるかと思ったのに、伊達巻きの切れ端を口に頬張らせられた。 「味、どうですか?」 「っ、とても美味しいです」 それはよかったですと、おいたをした犬を躾けた飼い主よろしくふんわり微笑まれて、次の作業の食材を手渡される。 少し反省しながらも、こういうやりとりをこれから先も大切にしていきたいなと思う。
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