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「そういえば、シャーロットはもう学校へ行く年齢じゃないのか?」
のんびりと紅茶を楽しみながら閑談をつづけていたところ、里帰りの話題になり、その流れで思い出したようにリチャードがそう切り出した。アーサーはそっとティーカップを置いて答える。
「学校には行かせていません」
「だろうな。でも家庭教師はつけてるんだろう?」
「ええ」
もともとは王都の学校に通わせるつもりでいたが、誘拐事件に遭ったことにより心配で外に出せなくなったのだ。学校を楽しみにしていた娘には申し訳なく思うが、身の安全には代えられない。
とはいえ家庭教師には学校教育にない利点もある。子供と相性のいい優秀な家庭教師を選定できるし、理解度に応じて授業を進めていけるし、カリキュラムを自由に設定することもできるのだ。
「学校教育以上の教養を身につけさせるつもりです」
「それを聞いて安心したよ」
ティーカップを置いてリチャードはふっと笑う。
「一般教養だけでなく、領主の仕事についてや、政治的なこと、主要な貴族の情報なんかも教えておくといい。あとダンスもひととおり踊れるようにしておけよ」
「そうですね……」
やけに具体的だが、おそらく貴族に嫁ぐことを想定しての助言だろう。シャーロットのためを思えば確かに必要かもしれない。ただ——。
「ん、どうした?」
微妙な顔をしてうつむいていると、リチャードが不思議そうに覗き込んできた。思わずアーサーは重い溜息をつく。
「あなたに男親の心情はわからないでしょうね」
「まさか嫁に出さないとか言うんじゃないだろうな」
「いえ……」
さすがにそこまでのことをするのはシャーロットのためにならない。いつまでも娘として当家にいてほしい気持ちはあるが、適切な頃合いに大切にしてくれるところへ嫁がせるべきだろう。
「ただ、成人するまでは何も考えたくありません」
そう答えると、ハハハッとおかしそうにリチャードが声を上げて笑った。
あなた自身の結婚こそ早く考えるべきではありませんか——すこしムッとしてそう言いかけたものの、すんでのところで飲み込む。アーサーがそれを言うのはさすがに残酷だろうと思った。
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