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喫茶店を出ると、西の空はすでにやわらかい茜色に染まっていた。頬をなでる空気はすこし冷たい。このところ朝晩は日に日に涼しくなっており、否応なく季節の移り変わりを感じさせられた。
「けっこう冷えるな」
「ええ」
二人はとりとめのない話をしながら歩き出す。
やがて住まいであるタウンハウスの前まで来ると、アーサーは足を止め、あらためて隣のリチャードに向きなおり茶葉の礼を述べた。彼はたいしたことではないかのように軽く笑って応じる。
「おまえが里帰りから戻ってきたら、またゆっくり話そう」
「はい」
じゃあなと片手を上げながら身を翻した彼に、アーサーは一礼する。
その後ろ姿はいつもよりこころなしかゆっくりと遠ざかっていく。まるで後ろ髪を引かれているかのように。アーサーは目を細め、茶葉の入った紙袋を抱えたままじっといつまでも見送った。
<番外編「伯爵家の次期当主はすこしだけ恩人の恋心に報いたい」了>
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