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「わかったかしら」
「へぁっ?!」
すぐ隣から悪戯めいた声が聞こえてびっくりする。
振り向くと、声の主であるシャーロットがそこにいた。アレックスが景色に気を取られているあいだに登ってきたようだ。彼女はおかしそうにくすりと笑って腰を下ろすと、遠くに目を向ける。
「わたしね……カーディフの街を見ていたの」
「あっ」
聞いた瞬間、せつなげな顔をしていた理由を悟った。
彼女は幼いころから敷地の外に出ることを許されていなかった。父親の過保護ゆえだ。だからといって不満を口にするようなことはなかったが、お芝居を見たり、買い物をしたり、食べ歩いたり、そんなふうに街を楽しんでみたいと思っていても不思議はない。
「ふたりだけの秘密ね」
彼女は淡く微笑み、そのまま唇のまえで人差し指を立ててみせる。
その表情と仕草にドキリとして、思わずアレックスは流されるようにこくりと頷いてしまった。しかし冷静に考えると、それはつまり両親でさえ彼女の望みを知らないということで。
「おじさんとおばさんには言わないの?」
アーサー伯父さんなら話せばわかってくれるのではないかと思った。娘のシャーロットにはとても甘いのだ。しかしながら彼女は話すことも頼むことも望んでいないらしい。
「大事に守ってくれているのにワガママなんて言えないわ」
「でも、それじゃあずっとこのまま変わらないよ?」
「そうね……だけど大好きな二人を困らせたくないから」
そんなことを言いながら困ったように笑う。
それを見てアレックスはひどく胸が締め付けられた。わがままのひとつくらい言えばいいのにと思ったが、両親を困らせたくないという彼女の気持ちは尊重したい。それでもどうにかして彼女の望みを叶えられないだろうか——。
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