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伯爵家の次期当主はすこしだけ恩人の恋心に報いたい
「おまえ、来週末から里帰りするんだってな」
文官のアーサー・グレイが王宮にある事務室で書類仕事をこなしていると、騎士団所属のリチャード・ウィンザーがいつものようにふらりとやって来て、締まりのない笑顔でそんなことを言う。
こう見えて彼は公爵家の嫡男である。おそらくいずれ爵位を継ぐのだろうが、にもかかわらず騎士という危険な職業に就き、二十代後半になるのにいまだに結婚もせず自由にしているのだ。
そんな彼に思うところはありつつも嫌いになれない。アーサーにとってはパブリックスクール時代の同級生であり、誘拐された娘を救出してくれた恩人でもあり、いまは友人とも呼べる間柄だ。
ただ——彼のほうは、どうやら友情以上の感情を持っているらしいのだ。
あまりにも態度がわかりやすくて周囲はだいたい察しているのだが、それでも本人は何も言おうとしないので、アーサーも知らないふりをしてあくまで友人として接しようと決めている。
「ええ、二週間ほど帰ってきます」
「俺もついていっていいか?」
「……前回もお断りしたはずですが」
「まだダメなのか?」
「ええ」
シャーロットに誘拐事件のことを思い出させるわけにはいかない。あれから一年近くになるのでそろそろと思ったのかもしれないが、アーサーとしては危険性のある物事はすべて排除しておきたいのだ。
リチャードは落胆した様子を見せながらも、すぐに気を取り直す。
「じゃあ、里帰りのまえにちょっと時間をくれないか? おまえを連れて行きたいところがあるんだ。おかしなところじゃないから心配しなくていい」
「……わかりました」
どこへ連れて行くつもりなのかは気になるが、彼の口ぶりからすると秘密にしておきたいのだろう。その意思を尊重して聞き出すことなく承諾の返事をする。それができる程度には彼のことを信用していた。
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