最果ての地へ

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  宿泊先の部屋に辿り着くと、どっと体から疲れが出た。  立花は仰向けになりながらベッドに飛び込む。無理も無い。今日は自分の常識外の出来事に遭いすぎたのだ。見慣れぬ街並み、見慣れる妖達、聞き慣れない言語。どれも四十を超えた身の上にとっては刺激的すぎた。  「・・・・・・しかし」  しかしその中でもより異様だったのは、あの茜という少年だろう。  茜壮士。  人呼んで始の境界屋。  無機質な天井を見上げながら、屈託無く笑う彼の姿を想像する。  まだ齢十四、五ほどだろうにあの落ち着きは何なのか。そもそも彼はどうしてこんな仕事に携わっているのだろうか。・・・・・・家族などはいないのだろうか。  聞きたい事が沢山ある。しかしこれ以上彼に深く関わる訳にはいかない。これから自分は彼の行為に対し、とんでもない不義を働こうとしているのだから。  「・・・・・・・・・」  微睡みを必至で我慢しながら、立花は上体を起こした。  机に置いていた鞄を開けて衣服を何枚か取り出すと、底に錆色に光る金属製の装置が見えてくる。外枠には数本のコードがむき出しになっており内部と繋がっていた。鼻を近づけるとつんと刺激臭がするので、覚えのある人にとってはこれが何か容易に理解できるだろう。  これは爆弾。  硝酸アンモニウムを原料とした、遠隔式の時限爆弾だ。  先程、茜には嘘をついた。  目的は観光なんかではない。個人的な復讐だ。  十年前の東京大崩落。おおよそ数百万の命がこの穴へと吸い込まれた。日本史上類を見ない大災害。未だに行方不明扱いの者も多く存在する。  有香も、その数百万のうちの一人だった。  最初はその内すぐに帰ってくるのだと思っていた。リビングで待っていたら玄関のチャイムが鳴って、扉を開けると有香がいて。恐らく自分は「心配したぞ」と声を荒げるのだろう。  そして彼女は気まずそうに「ごめん」と謝るのだ。  しかしそんなものはあり得ない未来であり、既にその未来を望んで十年が経つ。  「・・・・・・」  鞄に再び服を詰め込んでいると、外から祭り囃子のような陽気な音が届いてきた。祭りでもあるのだろうか。窓から外を見ると大勢のあやかし達が一カ所に吸い寄せられている。外は相変わらず提灯の光で明るく、奴らの足取りも軽い。  その浮かれた姿に、立花は眼下に蠢く妖を淀んだ瞳で見る。  『現在は人間と妖が手を取り合う街として、著しい復興を迎えています』  凌雲閣でのアナウンスが流れた時、どす黒い怒りが胸の中で渦巻いた。  手を取り合う、だと? 人間と妖が?  笑わせる。妖のせいでどれだけの命が失われたと思っているのだ。  地震の遠因は、度重なる地下工事により地盤が脆弱になった事だと言われている。だが実際は違うと立花は予感していた。全ては妖が地下にこれほどの空洞を作っていたからだ。こんなものがあるからあの崩落は起きた。  今日地下に降りて予感は確信に変わった。本当に震災であれば住民がこれほど呑気に生きているはずがない、と。娘は震災に巻き込まれたのでは無い。奴らによって殺されたのだ。  だから、自分も妖から奪う。それが為す術無く命を奪われた娘への弔いだ。  忌々しく窓の鍵を閉めながら、立花は決意を新たにさせた。
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