最果ての地へ

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 翌日。  午前八時、天気は快晴。しかし周囲は薄暗く、未だに提灯には明かりがついていた。  理由は単純。周囲を囲む百メートル超の壁があるからだ。正確には壁があるのではなく地盤があるのだが、その壁が地面に大きな影を落としていた。  おまけに地上からは所々に電車の線路が張り巡らされており、陽の差し込む面積が少ない。あの中には立花も乗ってきたものがあるのだろうが、絶えずアンダーランド内の頭上を走り続けているので夜は中々眠れなかった。  そうこうしている間にも、カンカンカンとどこからか踏切の音が聞こえる。やがて頭上を重厚感のある音と共に列車が通過していった。  みしり、と周囲の建物がきしみ埃が落ちる。ああ、騒がしい朝だ。  「やあ立花さん。いい朝だねえ」  ゲストハウスの周辺を散策していると、ふいに背後から声がかかった。  茜だ。寝起きだからか今は着物を着ておらず、ユニクロにでも売っていそうな安値のシャツとジャージ姿だった。元々癖毛気味ではあったが両端が跳ね上がり鬼の角のようになっている。妖と言われても差し支えないだろう。  「あまり自由に出歩くのは感心しないよ」  茜は生あくびしながら立花に近づいてくる。  「あたし達みたいなのはここでは随分と目立つんだ。どうせ目立つならもっと良いことで目立っちまいな」  「昨夜、笛の音みたいなのが聞こえた」  独り言のつもりだったが、茜は「ああ」と生返事した。  「もうすぐ御霊送りだからね。その前祭なんだろうよ」  「御霊送り?」  「震災で亡くなった人の魂を天へと送る儀式さ。当日は周囲の明かりを完全に消し闇を作り各々で祈る。この辺り一帯が全て闇になる様は中々壮観だよ」  「何故わざわざ、そんな事を」  儀式の趣旨も意図も分からない立花であったが、茜は間髪入れず説明を続ける。  「東京崩落前、まだ空という概念がなかった時代、アンダーランドでの光というのは常世花自体か、常世花の素材で作られた提灯だけだった。妖にとって光というのはとても尊ぶべきものであり、生きる標そのものとも言ってもいい。彼らの光に対する価値観は、あたし達が持つそれとは大分意味合いが違うんだ」  饒舌に語る茜は、境界屋の名に相応しい知識を見せる。成る程、光に対する猛襲か。道理で早朝であるにも関わらず、まだ街に灯がついたままなのか。  「逆に死者を埋葬する際には光を消して、死者がこの世に対する未練を無くすようにする。それが先の崩落から祭りとして、大々的に執り行われるようになった訳さ」  ちなみに今年で十回目さ、と茜は付け足す。  「御霊送り自体はまだ先だけど、この旅でここを気に入ってくれたのならまたいらっしゃい。その時は案内するよ。あたしは上客には優しいんだ」  まだ先か。なら残念ながらその先は来る事が無いようだ。  黙り込む自分を不思議に思ったのか、茜が再度口を開きかけた所で「茜さーん!」と快活な声が通りに響いた。  「なに油売ってるんですか、朝食の時間ですよ。料理冷めますよーっ!?」  ゲストハウスの方角を見ると、雑賀が窓から顔を出していた。ここから距離があるのにはっきりと彼女の声が聞こえる。彼女の声質によるものだろう。  「あいよ!」茜も威勢良く返事すると、苦笑しながら立花の目を見る。  「さっさと戻ろうか。油は売っても恨みは買いたくないからね。あの子は飯の事になると気が変わるんで困ったものだよ」  茜は参った様子だったが、口元は変わらず緩んでいた。
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