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セントラルと呼ばれるこの地域は、旧新宿と比べて活気に満ち溢れていた。
目を惹く様々な異界の建築物に、和装を纏った数多の妖達。軒下の露天からは意味さえ分からなかったが活気の良い声が飛び交い、飲食店からは珍奇だがどこか懐かしくて香ばしい匂いが漂ってくる。
遙か頭上には線路が敷かれており、その上を車両が音を立てて進んでいく。線路を支える柱はアンダーランドの地面から地上まで伸びており、この場所から見ると巨大な塔のようにあちこちに聳え立っていた。
活気のある風景だ。まるで崩落など無かったかのように誰もが陽気に満ちている。
ここに来る前までの自分なら、この喧噪に怒りを覚えたのだろう。あれだけの事があって、何故呑気に暮らしていけるのか。やはり所詮は妖か、人らしい感情など持ち合わせていないのだろうと。
しかし今は違った。古めかしい質感の建物もよく見ればそれが人工的である事が理解できる。陽気に笑う妖達も、あの女将のように心の奥底で深い悲しみを隠しているのかもしれない。
そして何より立花が暮らす地上でさえ、あの震災は既に遠いものとなっていた。
きっと同じなのだ。地上も地下も変わらない。同じように悲しみがあって、同じように日々を生きている。立っている場所の違いなだけなのだ。
知っている。頭では理解している。ずっと目をそらしていただけだ。
それでも、自分は・・・・・・。
「随分と、暗い顔になっちまったもんだね。幽霊かと思っちまったよ」
喧噪の中、呆然と歩いていると、横にいた茜が声だけで語りかけてきた。
「元よりそんな顔だ」
「ああ、そうだったね。元からあんたはそんな顔だった」
む、と立花は茜を見る。
「ずいぶんな物言いだな」
「いいや、本心だよ。あんたは会った時から何かを抱えていた顔をしてた」
人間、図星だと言葉に詰まってしまうようだ。
「・・・・・・ああ、そうかもしれないな」
どうやらこの境界屋の前では、隠し事など意味を為さないらしい。観念した立花は苦笑交じりにセントラルの喧噪を一瞥する。
「あんたの言った通りだ。私はずっと幽霊で、真に生きていないのかもしれない」
「立派に仕事してるんだろう? 地に足はつけてるよ。幽霊に足は無い」
「名刺の話じゃ無いよ。あり方の問題だ。私の時間は十年前から止まったままだ。その証拠にこの景色でさえどこか違った所から見ている自分がいるんだ。自分の目玉より少し上の位置から物事が見えている。音だって時折耳から聞こえているのか分からなくなる。私は私を生きていないんだ」
多分、自分はここにはいないのだろう。あくまで体はあるが心はどこか遠くにある。そしてその二つが交わる事はもう無い。
交わろうとも思っていなかった。
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