止まった時間

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 「ーー立花さん」  茜の囁きと、どこか理路整然とした足跡が聞こえてくるのは同時であった。  混沌とした喧噪の中で、明らかに浮いた革靴による整った足音。立花は自然とそれが聞こえる方角に顔を向けた。  まず目を引くのは、これでもかとくらい綺麗に着られた服装だった。  警察帽子を目深に被り、服は襟元から足のつま先まで一つも皺が無い。腰に仰々しく付けたサーベルも埃一つ被っていなかった。  緑黄色の瞳と西洋人のようにすっと通った鼻梁、鋭く尖った顎は正に現代の美男子と言っても差し支えはなかったが、いかんせん全身から放たれた沈鬱とした雰囲気がそれを台無しにしている。長身ですらっとした体つきではあるが、服の上からでも解る流動した筋肉は、明らかに武道に通じる者が持つそれだ。  「・・・・・・」  人間なの、だろうか。彼も茜と同じ、並々ならぬ雰囲気を纏っている。  「こんな平日の昼間から呑気に雑談か。随分気楽なものだな」  低くくぐもった、不機嫌な声が茜に投げかけられた。だが茜も挑発的な目で仁王立ちする青年を睨んでいる。  「そういうお前さんも、随分暇そうだねえ、ガチャガチャ」  「・・・・・・その名は止めろ。それにこちらは御霊送りの警備でクタクタなんだ。貴様と一緒にしてくれるな」  どうなら並々ならぬ関係のようだ。立花は「この人は?」と伺うように尋ねる。  「こいつは違式。地上がらみの地下でのゴタゴタを取り締まる境界警察だよ」  「正式には警視庁東京アンダーランド警察署刑事課の刑事だ」  違式は気怠そうに胸元から警察手帳を取り出し立花に見せた。「あなた達の世界の正式な組織に在職しているので、ご心配なさらず」  という事は、彼は妖なのか。癖こそ強いものの普通の人間にしか見えない。  「で、そんな警察署刑事課の刑事が、こんな所に何の用なんだい?」  立花が困惑していると、茜が不快感を隠さずに彼に尋ねた。すると違式はどうしてか自分の方を陰鬱とした目で見る。  「今朝、ある製薬会社に在籍する社員が無許可で一定量の硝酸を持ち出したという知らせが入った。他の化合物と併せて使えば、それなりの広さの場所を更地にできる威力の量らしい」  俺はその辺の知識は詳しくは無いが、と違式は補足する。  「普通に毒物及び劇物取扱法の案件だが、どうやらその人物はアンダーランド内に滞在しているようでな。随分ときな臭いだろ? テロの疑いもあるって事でこうして捜査している訳だ。全く、あれほど入口の審査はしっかりしろと言ってるのに今になって慌てるんだから救えない。まあ一応お前にも聞いておこうか」  どっ、どっ、どっ、と心臓が早鐘を打つ。自分の一挙一動が観察されているような緊張感。こめかみにつううと嫌な汗が流れた。  「ーーそいつの名は立花貴喜と言うんだが、知らないか?」  やはり、完全に気付かれている。
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