止まった時間

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  早鐘を打っていた心臓を、ぎゅっと掴まれたような錯覚。違式は洞のような淀んだ目を茜に向ける。茜は一瞬だけ制止したが、  「・・・・・・立花? さあねぇ、お生憎だが聞いた事が無い」  胸元から顔ほどもある扇子を取り出して、ぱたぱたと優雅に扇ぎ始めた。  「・・・・・・」  庇われた、のか。  思わぬ茜の言動に、立花は体の緊張を解いて恐る恐る茜を見る。確かに自分は今、茜に庇われていた。だが理由が分からない。いくら境界屋とは言え犯罪者を庇う道理は無いはずだ。  疑問を浮かべる立花であったが、違式はふうと一息つき、拍子抜けとばかりに自分達に背中を向けた。彼からの敵意が失われていくのが見て取れる。  「そうか、それは済まなかったな。また何かあれば聞く」    そして違式は腰のサーベルを抜き、思い切り茜へと振り抜いた。    バチイイイイイン! と痛烈な打撃音が轟き、茜の体が紙細工のように吹っ飛ぶ。呆けている自分の頬に風圧を感じたと思うや否や、違式のサーベルのつま先は立花の喉元に迫っていた。  「・・・・・・え」  神技のような速度、一瞬の出来事に思考が追いつかない。しかし違式は相変わらず生気の無い目で立花を睨んでいる。ざわざわ、と周囲の通行人が異変に気付き始めた。  「立花貴喜、だろ? 気付いていないと思ったか」  違式はサーベルを握っているものとは違う手で、胸元から電子煙草のようなものを取り出して口に咥えた。  「な、何で」  「じゃ何でわざわざ聞いたかって? こいつをぶっ飛ばしたかったからだよ。操作を妨害してくれれば強制執行できるだろう?」  この男、危険だ。  警察と名乗っていたから油断した。態度も行動もその考え方も、間違いなく真っ当な警察ではない。何より自分を見る目が普通では無い。  まるでモノを見るような、人を人と思っていない目だ。  「まあ、情報を聞いていなくとも分かったがな。あなたも俺と同類だ」  「な、何を言う。誰が貴様みたいなーー」  「俺と同様、何かを憎くて憎くて仕方ないって目をしている。まあ、その何かが人か妖かは互いに違うがな」  馬鹿な、と立花は掠れた声を出す。自分と彼が同類だと。  自分も、このように淀んだ目をしていると言うのか。  「とにかく、被疑者確保」  違式がサーベルを振りかぶる。反射的に立花は目を閉じた。歯を食いしばりながら体を怖がらせるが、しかしいくら経ってもその時は訪れない。  「・・・・・・?」  恐る恐る立花は目を開き、そして見た。  茜が手にしていた扇子で、立花のサーベルを防いでいるのを。  「・・・・・・公務執行妨害か? 吊すぞ?」  「お前さんこそ過剰防衛だろう。雑賀!」  ぎりぎり、とサーベルと扇子の力が拮抗する中で茜は雑賀の名を呼んだ。  雑賀は「はいっ!」と短く返事をすると、その場にぴょんぴょんと飛びはねーーーーーー爆発的に前方へ加速する。  彼女は一度地面を蹴っただけだった。しかし信じられない速度で空中を切り裂き、違式との距離を瞬く間に詰めた。  そのまま返す刀で拳を違式へと叩き付けようとする。しかし違式は体を反転させてその一撃を難なくかわした。次は違式の番だ。違式は茜の扇子をサーベルで押さえたまま、彼女の腹部へと無情の蹴りを放つ。  「・・・・・・っ」  雑賀は直前で腕でそれを受けたが、違式の一撃は予想以上に重かった。どんっ! と鈍い音と共に、彼女の体は大きく後方に飛ばされる。  まるで映画のアクションシーンばりの高度な技の応酬に、固唾を呑んで様子を見ていた通行人がどわっと歓声が上がった。しかし間違いなくこれは現実で、違式は自分を捕らえようとしていた。  「・・・・・・っ!」  突然の出来事が起きすぎて棒立ちしていたが、こんな所で掴まる訳にはいかない。まだ自分にはやり残した事がある。  僅かに迷った立花であったが、すぐに前方へと駆け出し群衆の中に紛れた。  「立花さん!」  背後から茜の声がかかるが気にしていられない。緊張に足がもたついたが、立花はなりふり構わずその場から逃げ出した。  既に目的地は失われているにも関わらず、立花はひたすら前へ前へと進んだ。
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