一歩ずつ、前へ、前へ

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 「・・・・・・」  思わず言葉を無くす。  開けた広場のような空間だった。  その中心に聳え立つ常世花は、地上で見たものより何倍も大きく力強く、大地に根を張っている。舞い散る無数の花びらは風にゆられてどこかに飛んでいき、それぞれ意思を持つように脈打ち輝いていた。神々しいその木と花弁は、太陽に負けず劣らず昼間のアンダーランドを照らしている。  まるで有名な画家が描いた心象風景のように、幻想的な独創的な風景だった。  そんな木の幹には、今は数多の花が供えられている。  花の種類や形はそれぞれだったが、圧巻なのは数だ。百、いや二百は下らない。誰かが置いたであろう花は木の幹を完全に覆い尽くし、常世花に寄り添うように一面に並べられていた。  「・・・・・・」  ここは周囲とは違う空気が流れている。静かで、どこか居心地が良い。  「ーー気になるかい?」  すると、この空間の空気に良く似た、凜とした声が背後から響いた。  「ここは震災の犠牲者、主に地上での被災者を弔う為に地下の妖が有志で作った場所さ」  メモリアルと呼ばれている、とその人物は付け足した。  振り向かずとも分かる。茜だ。等間隔に聞こえる下駄の音が心地よい。振り返ると想像した通り、柔和な微笑みが立花を迎えた。  「本来の彼らの風習であれば光の場所に慰霊碑などは置かないが、人の風習を考慮して文字通り花を添えたのがこの空間って訳だ。ある意味ここはあたし達のための場所なのさ」  「ーー何故、ここに?」  舞い散る花びらの中、ぼんやりと佇む彼を見て驚く。  何せあれほど激しいドンパチをしていたのだ。おまけにピンポイントでこの場所に辿り着くなど偶然にしては出来すぎている。  「ああ、出来すぎだね。でも直感が働いたのさ。本当にいるとは驚いたよ。案外お互い常世花に呼ばれてきたのかもしれないね」  けたけたと茜は白い歯を見せる。まるで先程の死闘が嘘のような笑みだ。  どうやら質問してもはぐらかされるようだ。ならば違う問いを投げかける。  「・・・・・・どうして、あの時私を助けたんだ?」  そうだ。そればかりは立花がいくら考えようとも理解できなかった。  言ってみれば自分は犯罪者だ。それも多くの命を巻き込もうとしているテロリスト。そんな悪党を何故彼は庇おうとしたのか、全く理解ができない。  何か違う目的があるのか。固唾を呑んで警戒していたが、茜の表情に変わりは無い。その呑気さが立花をどこまでも苛立たせた。  「元々最後にはここに来る予定だったからさ。境界屋の勤めを果たしただけさ」  一歩茜が近づいたのを見て、立花は胸元から例の装置を取り出した。  「来るなっ!」  静寂を裂くように立花は怒鳴り声を上げた。頭より先に体が動いてしまっていた。だがもう引き返す事はできないし、引き返そうとも思わない。  ようやく茜の顔から笑顔が消える。しかし足取りは一向に変わらない。ぎりり、と立花は歯を食いしばり茜を睨んだ。  「ーー来るなと言っている! 私は本気だ!」  「そうは言っても、随分といきなりじゃないか」茜は歩きながら口元を結ぶ。  「同じ釜の飯を食った者同士、話せる事は何かあるはずーー」  「復讐だよ! 娘を奪った奴らに!」  ぴた、とついに茜の足取りが止まる。怒声を出した反動だろうか、先程よりも沈黙を強くこの身に感じた。  だが熱は内側に篭もったまま逃げようとしない。この熱の正体は怒りだ。  「十年前のあの日から今日まで! 日常を、大事な人を、私の全てを奪った奴ら全員に復讐する! その為だけに生きてきた!」  怒りでろれつが回っていない。視界が涙で滲む。どうして自分は人である茜に怒りを向けているのだろうか。どうして茜と自分しか居ないこの場所で爆弾を掲げているのだろうか。  冷静になってみれば意味の分からない行動ばかりだ。それでも、止まらなかった。  こんな自分を、彼であれば受け止めてくれると思ったのだ。
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