一歩ずつ、前へ、前へ

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 「ーーお父さん、本当に学校に行かなきゃ駄目?」  有香から渋ったように言われた時は、またか、と思った。  それは日付さえ覚える必要のないほどの、何気ない朝の出来事だった。いや、正確には出来事になるはずだった。  TVからは、見慣れたキャスターが他愛も無いニュースを届けている。テーブルの上のトーストからバターのような香ばしく甘い匂いがした。  そんな愛おしい日常の中、立花は新聞を読む手を止めて、「何を言ってる」と口元を結ぶ。  「皆勤賞、狙ってるんだろ? 折角3年まで頑張ったんだから行かなきゃ」  「だって、何だか今日は行きたくないって言うか・・・・・・。いいじゃん今まで真面目に行ってたんだし」  有香は何だか不満げだ。そもそも有香は朝に弱い。休日も部活が無ければ起きてくるのは殆ど昼になる。今までもこう渋る事は多々あった。  「駄目だ」  だから、その時は正しい事を言ったつもりだった。  「絶対に後悔するから。早く準備して行きなさい」  後悔するのは自分であるというのに、その時の立花は毅然とした態度で断定する。厳しさこそ娘の為だと信じて疑わなかった自分は、きっと本当の意味で娘を見ていなかったのだろう。  「・・・・・・お父さんの鬼」  「何か言ったか?」  棘のある声に棘で返すと、有香は「何も言ってません」と唇を尖らせた。  「じゃ、後悔しないために行ってきます」  「はい、行ってらっしゃい。気をつけてな」  「うん。またね」  何百回、いや何千回と重ねたやり取り。  そして最後になるやり取りを重ねて、有香は扉の向こうへと消えていく。  キャスターが緊迫した顔で緊急速報を語り出すのは、それから数十分後の事だった。
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