第一章 ーふたつの爪跡ー

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 都営大江戸線から異界(いかい)線に乗り換えると、車内の雰囲気はがらりと変容した。  両国や大門までは乗客の殆どは人であったが、旧原宿を超えてからは濃厚に妖の気配が強くなっていた。獣の耳を生やした者から、岩のような肌をしたものまで沢山だ。  そんな異形の者が人間の乗客に紛れて普通にいる様は、一種のハロウィンのようにも見える。立花は眉間に皺を寄せたまま、わざとらしく鼻を押さえた。  「・・・・・・ふん、異人共が、我が物顔で」  思わず悪態が零れる。  異界線に限らず、最近は在来線でも妖の姿を見かけるようになった。電車に限らず奴らの活動圏は日に日に地上に広がっている。以前立花の自宅前で奴らを見かけた時には「こんな所にもいるのか」とげんなりしたものだ。  噂によると、今度知人の職場では妖を新たに採用するらしい。全くたまったものではない。もし自分の職場に妖共が入ってきたならば辞表を叩き付けてやると誓った。  『ーーまもなく境界中央、境界中央。終点です』  車内の広告モニターに映った妖のモデルを恨めしそうに眺めていると、頭上からそのようなアナウンスが届く。  どうやら目的地に着いたようだ。立花は躊躇いがちにホームへと降り立つ。  ここまで来ると、降りる客は人間よりも妖の方が多い。先程まで立花にあった攻撃性はなりを潜め、そこはかとない不安が顔を覗かせつつあった。  そんな立花を余所に、電車の扉がぷしゅうと音を立てて閉まる。行先表示器の表示が『境界中央』から『回送』に変わった後、電車は再度車輪を回し始めた。  空っぽの車内が残像のように過ぎ去っていき、やがて視界がばっと開ける。  境界中央駅。  つまり地上(このよ)と地下(あのよ)を繋ぐ境目の駅。  その名にふさわしい景色が、立花の眼下に広がっていた。  まるで百メートルの高層ビルから見下ろしたように、遙か下に街があった。  建物は見慣れたものとは違い、和と洋が混じった明治頃の建築物を彷彿とさせる。西日から差し込んだ陽の光をステンドグラスが優しく反射し、連なる提灯の光は生き物のように脈打ち強弱を繰り替えしていた。  建物と建物の間隔は不定期で、間の路地は迷路のように入り組んでいる。迷い込んでしまえば二度と返ってこれないような、東南アジアのスラムのような複雑さだ。  そんな光景が視界の果ての果て、地の果てまで続いていた。  いや、正確には地の底、だ。  地平線の辺りにはうっすらと地上のビルが見えたので、あの辺りが穴の終着点なのだろう。かつて琵琶湖に行った事があるが、それがそっくり穴になったと思えば想像しやすいか。  しかし、湖と穴では感じる印象がまるで違う。異様だが神々しく妖しくもある。もしかすれば天国とはこういう所なのではないかとさえ思ってしまった。  ここが、東京アンダーランド。    写真では何度も見たが、改めてこの場に立って見るとその迫力に飲み込まれる。
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