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セントラルは、今日も陽気な喧噪に満ちている。
地上と地下のハブであり少し観光地めいた境界中央とは違い、ここはかつて渋谷の駅前付近だった場所に立地する繁華街だ。周囲に並ぶ露店でさえ土産物よりかは現地の食材や調味料など実用的なものも多い。飲食店も日本語が一切存在しない店まである始末だ。
表向きの店までこの調子なのだから、裏路地に入ってしまえばいよいよそこは妖の領域だ。陽の光を遮った薄暗い通りには壁にもたれかかりながら得体の知れない香を吸う妖がいたり、そもそも壁のような肌をした妖がいたりと様々だ。路地も蜘蛛の巣のように建物の裏に張り巡らされていて、迷い込んだらもう自分の立ち位置が分からなくなってしまうだろう。
そんな吹きだまりのような迷宮にぽつりとある、質素な掘っ立て小屋の一角が茜の事務所だ。前を通った大多数の者が存在さえ見過ごしてしまうような質素で無機質な小屋。しかし扉を開けた瞬間にそのイメージはがらりと変容する。
淡い黄、鮮やかな赤、ぼやけた青。そして緑。
室内に入ると、様々な色の層が混ざる頭上のステンドグラスがまず目を惹く。ガラスから取り入れた陽の光は地面にプリズムのような鮮やかな色を投射し、部屋に流れている音は玄関の側面にある蓄音機からだろうか。クラシック調の曲がその機器ならではの柔らかく深い味わいの音を部屋中に届けていた。
「そうかい、ついにあんたも親になるとはねぇ」
そんな小洒落た室内の中心で、その少年は受話器片手に朗らかに笑っていた。
書生を思わせる立て襟の洋シャツに、木綿の絣の着物。旧態依然とした学生帽の下の目は猫のように大きく少しつり上がっている。なまじ顔が整っているだけに黙っていると不機嫌なようにも見えてしまいがちだろうが、ころころと表情を変える彼からはその印象は感じられない。
彼こそ茜壮士。
人呼んで始の境界屋だ。
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