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現在、東京アンダーランドは、渡界危険度レベル1に設定されてある。
よってアンダーランドでの長期滞在は、現地の案内人か境界屋の同行が政府から義務付けられている。ただ現地の案内人、言ってみれば妖によるガイドは未だに忌避感のある者も多い。そうなってくると自ずと依頼は境界屋に集まってくる。
「確か、東口に集合と聞いていたが」
立花も例にもれなく境界屋に案内を頼んでいた。
スマートフォンの位置情報を頼りに集合場所へと向かう。
境界屋。
崩落直後、地下(あのよ)の世界を解き明かそうと冒険に出かけた境界探検家の流れを組む、人間ながらにしてアンダーランドで暮らす変わり者達の総称だ。一概に境界屋と言っても内容は様々で、純粋にガイドのような事をする者から未だにアンダーランド内の遺産や貴重鉱物を狙う者まで幅広く存在している。
立花としては絶対に話が合わなさそうではあるが、先の入り組んだ地形を見るに彼らの協力は必要不可欠だろう。念の為依頼をしておいて正解だった。
今回案内を頼んだ境界屋の名は、茜(あかね)壮士(そうし)。
境界屋の中では『始(はじまり)の境界屋』と呼ばれているようだが、果たしてどんな人物だろうか。不安になりながらも立花は境界中央の改札を抜ける。
改札がPASMOに対応しているのに驚いていると、ふわりと花のような甘い匂いが立花の鼻孔を抜けた。本能的に正面を見て、立花は思わず呆けた顔をする。
通り一面に、満開の櫻が咲き誇っていたのだ。
・・・・・・いや、正確には櫻では無い。櫻にしては色味が強く、匂いも印象的だ。花弁も自立して発光しているように見えるし、何よりも今は夏だ。夏に櫻は咲かない。
その櫻のような何かは陽の光に負けず劣らず強く輝き、アンダーランドへと続く通路を照らし続けている。遠くから聞こえる蝉の鳴き声が異様さを際立たせていた。
「ーー常世花(とこよのはな)だよ」
立花が立ち竦んでいると、凜と鈴を転がすような声が後方から届いた。
「常世花。アンダーランドに咲く固有種で蓄えた栄養を光に変える。陽の光が届かない地下では、昔から花弁を電灯代わりに使う事が多かったようだよ」
十代前半ほどの、優しい笑顔をする少年だった。
書生を思わせる立て襟の洋シャツに、木綿の絣の着物。そして漆塗りの上質な下駄を履いている。学生帽の下にある二つの瞳は猫のように大きく深く、好奇心で煌めいていた。その目は彼の耳に付けられた翡翠の耳飾りと同じ輝きを放っている。
そして彼の体からは、不思議と常世花と呼ばれたものと同じ香りがしていた。
市井で見かければ親しみを覚える美少年といった所だが、もしかして彼が・・・・・・。
たじろいでいると、少年はにたりと微笑みながら自らの胸に手を当てた。
「改めまして、あたしは茜宗氏。そしてあんたは立花さんだね? 違うかい?」
やはりそのようだ。立花は面食らったように「ああ」と生返事した。境界屋という仕事と仰々しい二つ名から、もう少し上の年齢を想像してしまっていた。
「そう身構えなくてもいいよ。別に獲って食おうって訳でも無いからねえ」
茜壮士は年を感じさせない色っぽさのある声で呼びかける。声か、はたして外見か、どちらが彼の本質であるかは今は捉えられない。
「ここに来るのに迷わなかったかい? 地上の洗練された駅とは違ってここは妙に複雑で、あたしもたまに西口に行っちまうんだ。ここにいると妙にその辺がおざなりになってね。この前なんて地上に戻ろうとする時に地下の入り口を探しちまってさ」
茜は陽気に笑った。口数の多い印象だが、活弁を聞いているように気っ風が良い。
立花が面食らっていると、茜が「ああ、口が過ぎたね」と唇に指を当てた。
「ともかくようこそ、東京アンダーランドへ。本当の入り口はまだこの先、地の底より少し手前なんだけどさ。歓迎するよ立花さん」
茜はくるりと立花に背中を向けた。からん、と乾いた下駄の音が響く。その麗しい見た目や声は朧気で、離れているとどこかに消えていきそうだ。
視界を覆い尽くすほど舞い散る花弁の中で、立花は呆然と彼の背中を追った。
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