第一章 ーふたつの爪跡ー

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 「アンダーランドには、専用の昇降機で下に行く必要があるんだ」  東京アンダーランド行きと書かれた案内板を頼りに、立花は茜と歩いていた。  「直下百メートルの昇降機(エレベーター)さ。目にすると分かると思うけど、中々に壮観だよ」  東口から目的地は、ほぼ一本道だった。両脇にある常世花の並木道をただ真っ直ぐに進んでいくただそれだけ。足下は神社にあるような太鼓橋の石造りで出来ており、両端は転落防止の為か朱色の手すりがついている。眼下にはアンダーランドの街並みが変わらず広がっており、この場所が随分と高い位置にあると錯覚してしまう。  しかしここは間違いなく海抜0mで、街並みは地の底に広がっていた。  この場所に来て改めて思うが、建物は異界の物であるにも関わらずどこか和を感じさせる。同じ日本という国土から生まれたものだからか。憎むべき地であるにも関わらず、安堵のような心地がする事に立花は甚だ憤慨だった。  「見えてきたよ」  茜の声と、正面の陽気な「茜さん!」の声は同時だった。  「凌雲閣、三号機押さえましたっ。あと五分で降りれます」  元気よくこちらに手を振っていたのは、矢絣の着物に海老茶袴を纏った時代錯誤のハイカラな少女だった。  その絹のような黒髪を白のリボンで結い、重そうな黒のブーツを履いている。顔立ちは職人が計ったかのように整っており、肌は雪のように白かった。肌にせよリボンにせよ革製の手袋にせよ、純白を体現したかのような存在だ。  あまりに幻想的な美貌に、永松は一瞬顔を背けてしまう。しかしすぐに彼女の頭部から獣のような耳が生えていた事に気付き、立花は違う意味で動揺した。  「あ、妖・・・・・・っ!」  一瞬分からなかったが、よく見ると人間にはあるべき位置に耳が無い。間違いなく彼女は人ならざる者。アンダーランドの住人、あやかしだ。  狼狽する立花を余所に、茜は「そうかい、助かったよ」と当たり前のように彼女と会話している。彼女も「いえいえお構いなく」と親しげだ。  口をぱくぱくとさせる立花に、茜は「紹介が遅れたね」と彼女を指さす。  「仕事の助手をして貰ってる。こちらの名で言うとえーっと、雑賀(さいか)、かな」  「雑賀ですっ。今日は一日茜さんと一緒にサポートさせて頂きます!」  雑賀はびしっと敬礼するが、だからといってはいそうですかとはならない。  「き、君は妖を助手にしているのか? 人間なのに?」  「おかしな事を聞くねえ。全て見た通りだよ。雑賀はこちらの世界に精通しているし、言葉だって理解している。助っ人としては最適さ」  「だ、だからって妖をーー」  言い返そうとしたが、茜は「さあ出発するよ」と立花の横をすり抜けていく。慌てて追おうとしたが途中で雑賀と目が合った。えへへと無害そうな笑顔をこちらに向けている。あまりに邪気が無いので毒気を抜かれてしまった。  観念した立花は、ちっと舌打ちし茜の後に続いた。まさかこれから妖と一緒に行動する事になるとは。これでは境界屋を頼んだ意味がないではないか。  憤慨する立花であったが、茜が立ち止まったのを見て自分を歩みを止める。  石造りの道の終着点、先程彼が言っていた地下へと続く昇降機だ。  正面三方を囲む昇降機は、数にして一辺に三機備わっている。つまり計九機。絶え間なく蒸気を噴かし、外観はむき出しの鉄の装甲に覆われていた。  特徴的な幾何学模様は、アンダーランドの言語なのだろうか。隆起の激しい見た目も相まってスチームパンクの作品に出てきそうだとも思った。空間を彩る常世花との対比も美しい。  随分と昔から存在し、やがて忘れ去られたような印象だ。
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