最終章 ー御霊送りの夜にー

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 『今から10年前。大きな悲劇がこの地に降り注ぎました』  満足に歩くことさえままならない、アンダーランドのセントラル。  重力だけが自分が立っている事を教えてくれるようなそんな中で、茜は肺から息を吐き出しながら走っていた。  『きっと私たちと人類の出会い方は、望まれた形ではなかったと思います。悲劇は私たちを分断するのには充分でした。その根は深く、未だに至る所に残り続けていると思います』  設置されたスピーカーからは、放送が聞こえ続けている。落ち着いた声なので一瞬気付かなかったが、この声の主はもしや、雛菊か。  予想外の所ではあるが、知り合いの声が聞こえ続けるのは有り難い。周囲が真っ暗でも居場所を見失なわずに済む。あの雛菊が式典の挨拶か。何だか不思議な気分だ。  『しかし今日、こうして人と妖がこの地に集っているのを目にし、時計の針と共に私たちを取り巻く何かも変わってきているのだと実感しています。  これも色々な人と妖が立ち止まる事無く進み続けた結果であり、今を生きる私たちが為すべき事はあの日を過去とせず、ただ時間を止める事無くこれからも進み続ける、それに尽きるような気がしています』  その通りだ。過去は変える事はできないし、忘れてもいけない。ただ囚われすぎても良くないのだろう。時折後ろを振り返るように思い出し、普段は前を向いて歩き続ける。  生きているという事は、選べるという事だ。未来を創造していくという事だ。それが残された者の義務であり、あの日失った多くの命に対する弔いだ。  『ーーだから私もこの力を呪うのを止めました。過去(いえ)を否定するのでは無く、私だからこそできる事を為していこう、と。そう大事な人を見て教わりました』  茜が走っていると、声質が僅かに変わった。普段の彼女に近い柔らかな声だ。大事な人とは誰を差しているのだろうと首を傾げていると、ふいに甘い匂いが強くなる。  『これからする事は式典の様式としては相応しくないかもしれません。中には勝手なことをと不快に思う方もいるかと思います。ただ式典のしきたりよりも、私は困っている誰かに手を差し伸べていきたい』  ふわり、と甘い匂いがあちこちから漂い始める。茜がようやくそれの正体が光を失った常世花の花弁である事に気付いた時には、花弁は路地裏はおろかアンダーランド中に漂っていた。  「・・・・・・これは」  常世花を制する神守の力。彼女たちが持つ力によって、アンダーランド中の常世花は全て光を失いこのような暗闇が広がっている。  逆を返せば、彼女たちの力によって再び光を灯す事ができるのだ。  『ーーどうか、皆さんに光と闇の祝福を』    きっと今後脳裏に残り続けるだろう、本当に幻想的な光景だった。
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