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「あ、ははははは、……はは」
笑うのが精一杯という感じで、もはや晴夏の顔を見ることもできず、いたたまれなくなって、カバンを持ってそそくさと研究室を後にした。あー、終わった。これで俺の恋はおしまいか。学部の頃から気になってたっていうのに、こんな形で終わってしまうなんて……。翔のバカ。そんなことを思いながら足早に正門へと向かっていると、後ろから足音が聞こえてきて、接近してきてもその音は止むことなく、ついにどすん!と、蒼の華奢な背中にぶつかった。痛ったあ!と思わず声が出て、反射的に振り返ると、そこには心配そうな表情をした晴夏が立っていた。さすがにこれには驚いて、話の継ぎ穂も出ないでいると、
「蒼くん、もう帰りなんだよね? ……さっき、予定あるって」
晴夏は、少し伏せ目がちにそんなことを言う。
「あ、うん。……今日はもう帰る、ね」
晴夏のいつもの元気がないのが、こちらに伝染してくるように、蒼も暗い気持ちになっていった。
「さっき、……なんか怒ってた?」
やっぱりそのことか、とさらに沈んだ気分になる。それでも晴夏は話すのをやめずに、
「蒼くんがあんな声出すの、初めて聞いたから」
と小さな声で言った。
「なんか、あったんなら、……相談とか、乗りたいかなって」
こっちが見ていられないほど切ない顔をするので、さすがに蒼もこれ以上このしんみりした空気を破壊したく、見栄も外聞も捨てて一つ大きく高笑いした。その突然の様子に晴夏はキョトンとしていたが、蒼はなりふり構わず、
「いやー、ちょっと考えごとしててさ。あんまり集中しすぎて急に声かけられたもんだから、反射的に怒鳴っちゃったよ。ダメなんだよなー。昔からの癖でさ。子どもの頃からよく誤解されちゃってさ。蒼がキレた!って」
努めて明るい口調で話したつもりだったが、それでも晴夏の表情は曇っていて、
「ほんと?」
と顔を間近に近づけて聞いてきた。そのあまりの急接近に、女性経験がろくにない蒼は後ずさりせざるを得ず、顔も明後日の方向に向けて、
「うん、ホントホント」
と鳴り止まぬドキドキとは裏腹に、とても軽い感じで返答をした。すると、晴夏は近づけていた顔を離して、蒼の様子を一瞥すると、今度はニコッと笑って、
「ならよかった!」
と真夏に咲いた花のように綺麗な微笑を見せてくれた。その表情に蒼も自然と元気が出て、顔がほころぶ。やっぱり晴夏は、笑っている顔が一番似合うと、蒼は改めて思った。
「ね、もう帰るんだったらさ、途中まで一緒に帰ろ? あたしも今日は用事あるから」
「へ、へー……そうなんだ。奇遇だね。じゃ、じゃあ、……途中まで、ご一緒に」
「あはは、ご一緒にってなに――? 同い年なのに」
あまりの棚ぼたに言葉が変になってしまったが、彼女が楽しそうなのでまあいいか、とこの甘い不幸中の幸いを、蒼は全力で噛みしめるのだった。
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