晴夏

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 大学の最寄り駅はどの時間帯も基本的に学生で溢れかえっていて、座席に座ることは容易ではない。その時も、まだ午前中だというのに帰宅する学生で混雑していて、蒼と晴夏は、激しく揺れる車内で吊革につかまって立っていた。周りに人がたくさんいていささか窮屈な感じもするが、それでも蒼はこの思いもよらぬ僥倖に感謝しながら、晴夏と他愛もない会話の時間を楽しんでいたのだった。 「今回の共同研究のテーマ、器物損壊罪になったけど、晴夏やったことある?」 「いやー、学部で一通り勉強はしたけど、あんまり詳しくないかな。傷害罪とかの方が得意かも」 「あー、人に対する侵害ね。確かに他人事って感じしないもんね」 「そうそう! 殴られたら犯罪っていうのはわかりやすいよね」 「……まあ、厳密にいえば殴られなくても傷害になることもあるけど、そうだよな」 「うんうん。連日連夜お隣のの家に目覚まし時計鳴らしたりね」 「はは、そういやそういうのあったな」  大学内でもできそうな会話だったが、それでも蒼は楽しかった。笑っている晴夏も可愛らしいが、少し眉間にしわを寄せて難しいことを考えている表情も、なんとも蠱惑的で、惹かれるものがあった。そしてその緊張が解けた後に見せてくれる満面の笑みが、そのギャップ効果によって一層引き立つことも、蒼は知っている。しかし今日の蒼の目的は、また別にあって、 「そういや、晴夏って、今何かバイトしてたっけ?」  と、何気ない感じで尋ねる。 「ううん。今は何もしてない」 「そ、そっか」  少し黙って、呼吸を整える。そして、 「じゃ、じゃあ、休日とかって今、何してる、の?」  少しどもりながらも、変に緊張したりもしなかったし、自分にしては上々の出来のような気がする。比較的サラッと言うことができた。しかし晴夏の方を見ると、晴夏は少し困ったような顔をしていて、 「……えーーと、……ねえ」  と、どこかきまりが悪そうに言う。俺何か変なこと言ったかな、もしかして急にプライベートな話したから気持ち悪いとか……ヤバいな、と内心あわてふためいていたが、そんな不安を吹き飛ばすように、晴夏は、 「最近はねえ、美紀とかとグランピングにハマってるんだ。自然の中でバーベキューしたりするのが気持ち良くてさ。日帰りでもいけるし、料金もリーズナブルだし。小旅行って感じ!」  と明るい口調で話した。その様子に蒼はホッと胸をなで下ろして、 「へー、結構アウトドアなんだね」  正直、「グランピング」というものが具体的にどういうものなのかははっきりとイメージできなかったが、なんとか知ったかぶりをしてやり過ごした。 「うん、やっぱ夏だしね! 外で遊びたくなるよね」  ニコッと共感を求められたが、元々がインドア派の蒼は曖昧にうなずくしかなく、想像どおりの晴夏のアクティブさに舌を巻いていた。しかし、得られた情報から、晴夏が休日は基本的に遊びの約束以外には空いていそうなこと、お出かけするのが好きそうなことがわかった。よしこれなら、何か上手いこと理由をつけて遊びに誘えば……、でもその理由ってどうしたらいいんだ……?
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