晴夏

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 そんなことを考え込んでいると、晴夏はキョトンとした顔で、 「蒼くん……? どうかした?」 「え……ああうん! な、なんでもないよ」  うわーまたやってしまった。この考え込む癖なんとかしないと。そのうち晴夏に嫌われて……。  その時、駅に電車が停止しかかったようで、車内が大きく波打つように揺れた。その衝撃に蒼はバランスを崩し、吊革を離してしまい、勢いよく右隣にいる晴夏の方へ倒れ込んでしまった。が、晴夏はがっしりと蒼の身体を受け止め、倒れるのを防いでくれたが、傍から見ると晴夏が蒼の背中へ両腕を回して抱きしめているような形となった。揺れがおさまって、抱きしめている両手の力が緩むのを感じると、蒼はさっと身体を離し、焦ったように、 「ゴ、ゴメン! ほんっとわざとじゃなくてその……揺れが……」  と、自分でも何を言っているのかわからなくなるほどパニクってしまい、あまりの恥ずかしさで晴夏の顔も見られないほどだった。これは嫌われただろうな……と長年の恋が終わる瞬間を、泣きたいほど悔しく思った。もうどうにでもなれ!というような投げやりな感じで、雰囲気を刷新するための話題も考えず、ただ押し黙っていると、 「蒼くん……大丈夫?」  と平然とした感じで言う。特に怒ったり、話しにくいような空気を醸し出したりしている様子はない。いつもと変わらぬ晴夏だ。 「う、うん。バランス崩しちゃって」  とはにかみながら蒼が言う。それにあははと晴夏が笑って、 「よくあるよねー。特にこの電車、急にブワッと来るからあたしも知らないおじさんにもたれかかっちゃったことあってさー。あれはほんっとヤバかった」 「マジか、そんなことあったのかよ。知らない人はヤバいな」 「でしょでしょ? しかも顔上げたらおじさんだったからさ、あれはビビったよー」 「ははは。おじさんからすればラッキーだな」  そんなしょうもない雑談をしながら、楽しそうに話す晴夏を見てよかったと思った。一度は終わった恋かと思ったが、まだ諦めなくてよさそうだ。というか、今チャンスなんじゃないか? なんかよくわからないけどいい感じの雰囲気だし。この場のノリで、今週の日曜ってヒマ?って聞くことくらい訳ないような気がする。緊張感も、今は全然ない。なんせ抱き合った後だからな。それに比べりゃ遊びに誘うくらいなんて……。よし! 聞こう! 「あの! 晴夏! 今週の日曜なんだけど……!」  その時、ガラッとドアが開く音がした。車内アナウンスも流れている。人がどんどん降りていって、さっきまでの混雑が嘘のように社内はガラガラになった。そして晴夏も、 「じゃあね、蒼くん。……また明日!」  そう言って電車から降りていってしまった。ドアがガラッと閉まると同時に出発の合図も出る。晴夏はこっちを向いて小さく手を振って、口では「バイバイ」と言っているのがわかった。だから、ドアで遮られているので、声は伝わらないが、蒼も手を振り返し、口で「バイバイ」と呟いたのだった。
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