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終章
幹の指先が、秘部に、つん、と触れた。
自分ではない者の感触に、ぴく、と身体を震わせると同時に、遠慮がちに指の腹で割れ目を撫でられる。
「あ……」
「ん、どうかした?」
「ぬ、濡れて、ます……よね」
「うん。感じてくれて嬉しかったから。おっぱいも触ってくれたし」
幹はごくりと生唾を飲み込んで、興奮をありありと浮かべると、不器用な触れ方で秘部を撫で続け、その指先が突起を探り当てる。
ぐり、と押されて、百合子は吐息をもらした。
「そこ、感じるところだから……優しく、してね」
「はい、が、頑張ります」
百合子が言ったように、ふわふわと触れてくる指先がじれったくて、微妙に感じる場所から反れていたりするけれど。
なのに、百合子の言葉を守って優しくしてくれる幹が嬉しくて、喜びから興奮してしまう。身体に与えられる快感も心地よいが、たどたどしい触れ方やその一生懸命さに濡れてしまうのは、初めてだった。
その手はしばらくの間、秘部にある突起に触れ続け、やがて再び秘部に指を沿わせる。そして、少しだけ割れ目のナカに指を押しこんだ。
このまま指を入れられてもよかったのだが、幹はすぐに指を離した。
「佐久間さん、あの、すみません」
「うん?」
「……もう一度、出していいですか」
上気した顔に荒い呼吸をする幹の表情を見たあと、視線を下げる。
ついさっき射精したばかりのそこは、ギンギンに膨張して、やはり先端からだらだらと透明な液体を流していた。びくびく震えながら射精したいと訴えてくる男根を見て、百合子は微笑んだ。
「……挿れてみる?」
途端に、幹は目を見張る。
「いいんですか」
「いいに決まってるじゃない。挿れたくない?」
「挿れたいです」
百合子は身体を起こして、コンドームの準備を始める。幹はさらに興奮したようで、下半身を動かしては色々と堪えているようだった。
百合子はコンドームを開けて、そっと幹の男根に触れる。
「つけるよ」
「あっ、触れたら、出てしまいますっ」
「少しだけ我慢して。すぐに終わるから」
はい、と小声で呟いて、懸命に堪えようとしている。触れただけでこんなに興奮してくれるのは、彼の経験が浅いからだろう。それでも自分に対して興奮してくれていると思うと、またじんわりと蜜壺の奥から愛液が溢れた。
コンドームを付け終えると、幹の顔を覗き込んで問う。
「幹くんが挿れたい? それとも、私が……幹くんの初めて、奪ってもいい?」
幹は、顔を真っ赤にした。たぶん、これまでで一番赤いだろう。興奮と羞恥が入り混じった表情で、熱情をありありと浮かべた瞳を向けられる。
幹は、かなり躊躇いながらも、小声で呟いた。
「……お、お願いしても、いい、ですか」
自分でしたいかな、と思っていたから、その返事は意外だった。けれど、そんな様子は見せずに微笑んでから、そっと幹の頬にキスをする。
「じゃあ、私がするね」
すぐ体勢を変えて、幹の下腹部に跨った。
コンドームをつけた、火傷しそうなほどに熱く硬い男根に触れ、自分の秘部に押し当てる。
「ん、挿入れるよ」
「あっ、あっ」
少しずつ挿入していくと、幹が切なげに声をあげた。
長さ自体が短い男根は、すぐに全部膣内に収まった。圧迫感もほとんどなく、深いところへは入ってこない。
(……気持ちよくなって貰えるかな)
百合子のようなそれなりに経験をした女ではなく、初めてでもっと狭い膣をした子のほうが気持ちよくなれるんじゃないか、と頭の隅っこで考えてしまった。
けれど。
「佐久間さんっ、あっ、そんなに締めつけないでっ」
「……えっ、いや、あの」
別に締めつけた覚えがないので、少しだけ焦る。
「あっ、あああっ」
そして焦っている間に、幹は腰をぐいっと突き上げて背中をしならせながら硬直した。気持ちよさそうな顔をしたまま荒い呼吸を繰り返す姿を見て、果てたのだと悟る。
やがて落ち着いたようで、幹は恥ずかしそうに百合子を見た。
「すみません……すぐに、出ちゃって」
「感じてくれて嬉しいよ」
百合子はそっと身を屈めて、幹の唇に自分の唇を押しつけた。
すぐに顔を離して、はにかむ。
「奪っちゃった」
初めてを貰った、その喜びを伝えたかった。
伝わったのだろうか。膣内に入ったままだった男根が、また膨らむのを感じた。次の瞬間には、突然の浮遊感を覚え、気づけば天井を向いている。
押し倒された、と気づいたのは、すぐ後だった。
ほぼ同時に、激しく腰を打ち付けられた。
先ほどまでの遠慮など何もない、ただ激情のまま、欲望のまま、腰をぶつけられる。
「あっ、あっ、佐久間さんっ、もっと、もっとっ」
幹はうわ言のように、もっと、と繰り返す。
技術も気遣いもない、ただ欲望をぶつけられるだけの行為なのに、愛されていると実感して悦びにつながる。
こんな感じ方もあるんだ、と今日で嫌というほど実感してしまった。百合子にとっては強引に快楽を与えられるより、心地よい悦びかもしれない。
「佐久間さんっ、ああっ、好きですっ、好きっ」
腰を打ち付けられるたびに揺れる乳房に、幹が唐突に吸いついた。きつく吸われて、あっ、と身体をのけ反らせた。その拍子に膣をぎゅっと締めてしまい、幹の身体が大きく震える。
「あっ、もう、出そうですっ」
そう告げながら一層腰をぶつけてきて、奥へ奥へと入り込もうとする。腰がぶつかるたびに、秘部から臀部にかけて幹の下腹部が触れる感覚と衝撃がして、そんな些細なことが嬉しく思えてしまう。
「好きです、佐久間さんっ、俺っ、もうっ」
「ん、きて。このまま、出して」
「あっ、佐久間さん、好きです、好きっ、佐久間さんっ」
ぐりっ、と腰を突き上げられて、身体を硬直させたまま息をつめる幹を見つめる。
「あっ、あああっ」
興奮のままに嬌声をあげて達する幹は、とても色っぽくて、恰好よくて、卑猥だった。
達しながらびくびくと快感に震える彼は、本当に気持ちよさそうで。何より、好きだと告げられ、さらに名前を呼ばれたことが嬉しかった。
人と肌を合わせる、って、求められるって、こんなに幸せなんだ。
そんなことを自覚して、百合子はまた蜜を滴らせた。
*
身体がだるかった。
若い子の体力は凄まじいけれど、なんとかついていくことができた。それだけ百合子も興奮していたいから、だろう。
ホテルの部屋に備え付けられた時計を確認すると、部屋に入ってから四時間が過ぎている。
(結構励んだなぁ)
よく頑張った。色々と。
途中からは夢中になって、ひたすら求められるまま動いたけれど、最初は百合子がリードしていたこともあって少し緊張していた。
相手が好きすぎるあまり緊張して勃たない、という男性の気持ちがわかる気がしてしまう。
情事後の心地よい気だるさのまま、このまま眠るわけにはいかないと半身を起こし……手元に、くしゃ、とコンドームが入っていたビニールが触れた。ゴミ箱に捨てる。
室内に自販機があって助かった。持たないままホテルに入ったので、コンドームも買い足せたし。
ふいに大きな手が伸びてきて、百合子の腰を引き寄せた。
ゆっくりと倒れ込むように、幹の胸の上にかぶさる。今にも眠ってしまいそうなほど、眠そうな彼を見て、微笑んだ。
「このまま泊まっていく? もう深夜だし」
「……ん、でも、佐久間さんのご家族が心配するんじゃ」
「メール一本入れれば大丈夫」
うとうとしながらも、気遣ってくれる幹が嬉しい。
今日は嬉しくなってばかりだ。
胸のうえに倒れたままの百合子を抱きしめて、幹は百合子と向き合ったまま横を向いた。足を絡ませられて、肌同士が密着する部分が触れる。人肌の心地よさに、すっと目を閉じて幹の胸に凭れた。
「……俺ばかり気持ちよくなってしまいました」
「私も気持ちよかったよ」
「本当に?」
「うん。……濡れてた、でしょ」
「……それは、挿入れる前じゃないですか。その、俺のアレじゃ、気持ちよくなれないと思うし。……なのに、我慢できずに好きなように動いてしまったので、痛かったんじゃないか、って」
百合子は微笑んで、幹を抱きしめ返した。
「あんなに必死に求められて、嬉しくないわけないじゃない」
そう告げて、そっと手を下腹部に伸ばした。
通常時の幹の男根に触れる。愛しさを込めて、優しく。
「ここも、気持ちよかったよ」
「本当、ですか。でも、俺」
「興奮してくれてたの、わかるから。……本当に、嬉しいんだよ。信じて」
幹はもぞもぞと百合子をさらに強く抱しめると、ぐりぐりと顎を頭に擦りつけてきた。露骨に甘えてくる彼が可愛くて、片手を背中に回して反対の手を胸に沿えた。百合子もまた、幹の身体に顔を押し付ける。
「信じます。佐久間さんは、嘘つかないですし」
ふふっ、と笑う幹に、百合子も微笑む。
快感を得るための情事、という意味では、確かに色々とたりなかったかもしれない。けれど、それを補い余るほどに心が満たされた。
こんなに幸せを、喜びを、穏やかさを覚えるのは、初めてだ。
「佐久間さん」
「うん?」
「好きです。……好き」
「私も、好き」
幹は安心したように、再びぐりぐりと顔を押しつけてくると、すぅと眠りに入る。
抱きしめられたまま、そっと顔を覗きみる。
寝顔も可愛い。
暫く見つめていたけれど、百合子もすぐに眠りに落ちた。
優しいぬくもりに包まれ、好きだな、と思いながら。
※
ふ、と目を覚ました幹は、腕の中のぬくもりににまにまと微笑んだ。
穏やかな表情で眠る百合子を、じっと見つめる。
(……佐久間さん、綺麗なうえに可愛いなんて)
このまままた、本能のまま情事にもつれ込みたい衝動に駆られた。主張する自身を感じながら、そわそわと百合子の頬にキスをする。
眠る前は信じられないくらいだるかったのに、今は睡魔もだるさもなく、元気いっぱいだ。結構な時間眠っていたらしい。
ふと、幹は、腕の中の恋人を見つめながら、百合子と出会った日のことを思い出す。
初めて出会った日。
百合子の存在に衝撃を受けた。これまで、幹はどちかといえば、頼られる側であり、教師やクラスメートからも信頼されて、大抵のことは「出来て当たり前」だと思われる生活に身を置いていた。
あんなに優しくされたのは初めてで、こんな人も世の中にはいるのか、と新たな発見をした。
そんな衝撃の日から3日が過ぎ、そして1週間が過ぎて。
自分の周りには、百合子のような人がいないことを知る。
ふと気がつくと百合子のことを考えるようになり、逢いたくて、時間を作って百合子の自宅へ行った。
百合子の自宅近くに住んでいた友人の家にも頻繁に遊びに行くようになり、必ず百合子の自宅の前を通り過ぎるように、遠回りして向かい、帰りも遠回りして帰った。もしかしたら偶然会えるかもしれない、などと、行くたびに期待した。
けれど所詮自分は小学生で、百合子は大学生――偶然、時間が重なるなどということもなく。結局、一度も「偶然会って話をする」……という機会はなかった。
思いは募って、百合子の夢まで見るようになった。
見る夢は決まって、百合子の自宅前か駅前で、偶然再会する夢だ。それが正夢になればいいと思いながら、夢の中だけでも会える幸せを噛みしめた。
そしてある日、百合子とエッチなことをする夢を見てしまい、生まれて初めて勃起させた。
それからは、百合子のことを考えるとつい、いやらしい方向に思考が向き、そのたびにアソコを硬くした。なんだかいけないことだと思い、硬くなるたびに別のことを考えて誤魔化していたけれど、ある日、むずむずするのが耐えられなくて、硬くなったアソコに触れてみた。
身体中が痺れて、気持ちよくて、そして生まれて初めて射精して――精通というやつなのだろう。
幹にとって百合子は「特別」であり、そういうふうに見てしまう自分を軽蔑した。
もともと、年齢的にもそうだが、性に関してはあまり興味がなく、男だろうが女だろうが、優秀な者と友人になれ、と両親にも言われ続けてきたから、「人」に対しては優秀な者がとにかく偉いのだ、くらいの認識しかなかった。
なのに、自分が他者を――しかも、恩人ともいえるべき百合子で、そんな想像をしてしまうなんて。
これはいけないことだと思った。
それでも繰り返し自慰行為を繰り返して、百合子との妄想に浸ってしまうのを止められなかった。
そして。
どうしてももう一度百合子と会いたくて、話をしたくて、駅前で待ち伏せたことがある。今思うとストーカーじみた行為だが、当時は必至で、とにかく会いたいと思っていた――けれど。夕方頃、駅前に現れた百合子は男と一緒だった。
腕を組んで仲がよさげで、一瞬で、恋人同士なのだと悟った。
目の前がくらくらして、あんなに会いたかったのに見たくなくて、トイレに駆け込んでひたすら泣いた。
このときになって、初めて自分が百合子に「恋」をしていることを知り、同時に失恋した。
それでも、気がつけば百合子のことを考えている自分がいて、自慰行為も続けた。そして、自宅の前を通り過ぎるのではなく、駅前で待ち伏せをしたら姿を見れることに気づいて、そっと見つめる日々を過ごす。
こない日も多かったけれど、たまに百合子を見かけることができた。
百合子は、一人のとき、友達といるとき、恋人といるとき、様々だ。
けれど、声をかけることはしなかった。出来なかった。
百合子の彼氏は大人で、まだランドセルを背負っている自分自身が、酷く惨めに思えたから。
そして幹が中学生になって私立の中学に通い始めると、塾や生徒会、そして親に「スポーツは必ず続けなさい」と言われてしていたサッカーで忙しくなり、なかなか百合子へ会いに行けなくなり――やっと時間を作って駅前に行き、百合子の自宅まで久しぶりに足を運んだ。
百合子の家の向かい側、その家の玄関近くで主婦たちが会話しているのが聞こえてきて、百合子が就職して家を出て行ったと知る。
もう会えない。
悔しくてつらくて、けれども百合子を忘れるいい機会だとも思った。
親の言うままに勉強に専念し、成績と内申点を上げることだけに日々を費やした。けれど、自分の部屋に戻ってきたときなど、ふと百合子の姿を思い出し、やはり自慰行為を行ってしまう自分がいた。
罪悪感でいっぱいになりながらも、妄想はエスカレートしていって、何度も何度も脳内で百合子を穢した。辞めなければいけないと思い、友人の家に行ったときにエロい動画を見たりしたが、「身体につくりはこんなふうになっているのか」と思った程度で、興奮も何もしなかった。
むしろ、くねくねとしていて、気持ち悪い。
幹は、もっとサッパリとした人間らしい人間――百合子のような人が好きだ、と改めて自覚した。
そして高校へ上がったころ。
保険医が目の覚めるような美人で、男子のあいだで常に話題にあがっていた。性格もさっぱりしており、人を気遣う心もあって、女子にも人気があったように思える。
その女医が校庭を歩くのを友人と何気なく眺めていたとき、友人が突然言った。
――『××ちゃんは、お前の好みのど真ん中じゃねぇの。前に言ってたタイプそのままじゃん』
そう言われると確かにそうだ。
けれど、その女医にはなんの興奮も覚えなかったし、所詮幹にとっては「保険医」だった。
そのとき、唐突に理解した。
幹にとって、特別なのはやはり「百合子」なのだ。
百合子のような者、が好きなのではなく、百合子自身が好きで。その気持ちは、数年会っていない今でも驚くほど色あせなかった。
そう自覚したら、妙に踏ん切りがついた、というよりも、開き直れた。
好きなものは好き。
例え恋人がいようと、歳が離れてようと、やるだけのことはやろう――全力で気持ちを伝えて、それでも無理なら、諦めよう。
幹はまだ、何もしていない。
何も伝えていない。
勝手に会いに行って、勝手に落ち込み、勝手に妄想して、勝手に諦めたのだ。
その日から、百合子と恋人同士になって過ごす甘い日々を妄想しながら、自慰行為をして。そして早く高校を卒業したくて、自分の自由な時間が持ちたくて、これまで以上に勉強し、親が望んでいた大学に入った。
大学に入ると、やはり時間に余裕が出来た。
勉強は続けるし、将来に向けて必要なことは行う。
さすがに十九歳になると、親の監視の目も緩み、帰宅時間が遅くなったり外泊をしても、怒られるということはなくなった。
幹は、空き時間を使って、バイトを始めた。
親はもっと将来優位になるようなバイトをしろと言ったけれど、幹は譲らなかった。むしろ、そんなところでバイトをしても、本来の目的が達成されない。
幹が選んだバイトは、××区の駅前にあるコンビニだった。
百合子の実家から、一番近いコンビニである。
百合子には会いたいけれど、就職先も知らないために会いにいけない。ならば、百合子に会える可能性のある、近所のコンビニにバイトとして足繫く通うことで、百合子が帰省した際に客としてくるかもしれない、と思ったのだ。
確率は低いだろうけれど、それはこれまでも一緒だ。
むしろ、バイト先を××区にすることで、すんなりと××区へ向かえることが丁度よかった。
さすがに、自分の行動自体に、幹は引いた。
自分にこんな執念があったのか、と思うと同時に、百合子が知ったら「ストーカーがいる」と通報されかねない気もして、もし会えたら絶対に「偶然」を装うと決めた。
バイトを始めて、約一年。
幹が二十歳になったころ。
百合子自身が、新人のバイトとして雇われた。
夜勤に入ることが多かったこともあり、夕勤のバイトと交代するとき、初めてバイト先で百合子と顔を合わせた。
何年も経つのに、名前を聞く前から百合子だとわかった。
バイト先で初めて交わした挨拶は「おはようございます」だった。百合子に微笑まれ、話しかけられて、ひたすら胸が熱くなり、小声で「おはようございます」と告げたのち、トイレに駆け込んで――そのまま、自慰行為をした。二度も射精した。
これまで妄想しすぎたためか、自然と身体が反応してしまう自分が情けなくて、やはり色々と知られるわけにはいかないと改めて決意する。
百合子は、幹のことに気づいていないようだった。
十年前に一日会っただけの少年のことなど、覚えていないのだろうと思った。
それでも、百合子に対する気持ちは冷めやらず、むしろ「あの日の少年が自分」だということを隠して、口説いていけばいいので、という考えがよぎる。
十年間も好きだった、と言えば、自慰行為の「おかず」にしているのは明らかで、それを知られるのは恥ずかしいと思ったからだ。
幹は、さりげなくを装い、それでも勇気を振り絞って、百合子に「一緒に帰ろう」と誘った。
百合子は当時のまま、優しくて、恰好よくて、可愛くて、綺麗で、そしていい匂いもした。沢山話が出来て、嬉しくて、その日から数日は表情が緩んでしまって大変だった。
そして、待ち伏せ二度目。
なぜか、待ち伏せしていたことがバレた。
ただのストーカーとして嫌われるくらいなら、と――幹自身で、昔助けてもらったことがある、と告げることにした。
そして、駄目元でも告白して気持ちを打ち明けようと思った。
幹が「あの少年」だと打ち明けると、百合子は微笑んでくれた。
ちゃんと覚えていてくれて、そして、過去に失敗した幹を茶化すこともなく、待ち伏せしていたことを気味悪がるでもなく、昔のように暖かく接してくれた。
告白する、と決めた。
アドレスを交換して、何度も妄想した「遊園地デート」を現実にするために遊園地へと行った。
そして、観覧車のなかで、これまでに感じたことのない緊張を覚えつつも、告白した。
断られるかもしれない、と思っていたけれど、今は恋人がいないと聞き、もしかしたらと期待もしていた。
けれど。
観覧車のなかで、百合子の目の前で失態をしてしまい、ただただ絶望した。
絶対に振られてしまうと思った。
それどころか、あんなに迷惑をかけてしまったのだから、幻滅したと言われてしまうかも。
幹の心配は杞憂だった。
百合子はそんなことで態度を変えたりせず、真剣に考えて、返事をくれた。
幹の失態などなかったかのように、幹自身を見て、選んでくれたのだ。
嬉しいなんてものじゃなかった。
もっと百合子が好きになって、愛しくてたまらなかった。
百合子と恋人になることは、小学生のころから望んでいたことだった。
百合子の恋人になりたい――そして、エッチなことをしたい。これまで多くの女子に告白され、それを断ってきたのも、百合子とだけ「したい」からだ。
百合子でなければ嫌だった。
交際が始まってからは、「性欲」に関しては特に、余裕があるように振る舞った。
デートも手を繋ぐだけのふわふわとしたものだ。それはそれでとても楽しかったが、湧き上がる性欲は抑えきれず、自慰行為をする回数が増え続け、デート中にトイレにこもってすることもあった。
夜は勿論、メールや通話をしていると勃起してくるから、そのたびに白濁を迸らせる。百合子の前では大人しくあれるように、気をつけて。
自室に戻るなり、ひたすら妄想して犯しまくった。
そして、ついに昨日。
百合子と、初めて肌を合わせた。
脳内であれだけシミュレーションしたのに、本人を目の前にすると何もかもが吹っ飛んだ。
百合子の過去の恋人にも会ってしまい、自分自身に自信が持てずに、どうしたらいいのかわからなくなって、したいのに、ベッドに百合子を連れていった時点でパニックになりつつあった。
そんな幹に引くことなく、百合子は優しく、幹を気持ちよくしてくれて――自分でも信じられないくらい興奮した。
触れたいと思っていたし、実際に触れて興奮した。触れられる悦びも知ってしまった。優しく幹の全身に触れて、いやらしく男根を愛してくれて――愛される悦びに、心身共に達してしまった。
ずっと望んでいたように、百合子と「はじめて」をした。
そのあとは、何度射精したかわからないくらしだして、百合子をひたすら求めた。
妄想なんて、所詮妄想だった――そのくらい、気持ちよかった。
にへっ、と幹は笑う。
すやすやと眠っている百合子を見つめながら、呟いた。
「……好きですよ」
抱しめた腕に力を込めれば、百合子が少し身じろぎしたけれど、逃がさない。
やっと、手に入れた気がした。
やっとだ。……やっと。
百合子を見つめているうちに、先ほどから主張し続けている己に我慢できなくなってきた。昨夜のことを思い出しながら、自慰行為に浸ろうと思って身体を起こす。
けれど、すぐ隣で眠る百合子を見て、離れたくない思いが強くなり……ドキドキと妙な興奮を覚えながら、百合子の隣で自慰行為に浸る。
音をたてずに、呼吸も抑えて。
白濁を吐き出して、テッシュで拭い、百合子の様子を伺った。
まだ眠っている。
ふいに、百合子が寝返りをうった。
かぶっていた布団がずれて、胸元が見える。
ごくりと生唾を飲み込み、すみませんと思いながらも百合子のかぶっていた布団をそっと退けた。
全裸の百合子を見下ろしながら、そっと覆いかぶさる。
ちゅ、と鎖骨にキスをして、その唇を胸のほうへ移動させた。
寝たら、色々と復活してしまった。
我慢できない。
もっと、欲しい。
「起きて、佐久間さん」
そっと囁いた。
この甘くて幸せな時間が、ずっと続けばいいと思いながら。
了
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