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◯
「安いよ安いよ!」
「お嬢ちゃん、おまけするから買っていきな」
「あー惜しかったねぇ。こっからここの景品からひとつ選んで」
道の両端に展開された屋台。進んでいくたびに花模様を変える。カンナのように情熱的な唐揚げ屋、オレンジのガーベラのような繊細なガラス細工、そしてライラックが集う型抜き屋。同じ種類のお店でもひとつひとつ個性がある。定番のものもあれば、ちょっと珍しいものまで。色とりどりな光景はそこにいるだけで心が満たされる。終始驚いている玲奈は左右に出ている髪の毛をゆらゆらと揺らしていた。
「今なら焼きたてだよー!」
「あ! 焼き鳥!」
玲奈は飛びつくように向かった。浴衣が彼女と同期してはねている。「まったく……」っとうれしいため息をついた。屋台の前に佇む彼女の姿が一枚の絵として成り立っていた。手元にカメラかなにかあればよかったのに。けどまあ、カメラがあっても幽霊は映らない。記憶の片隅に保存しようと瞬きせず眺めていた。カメラ? カメラ……っは!
「ちょっと待って! 俺が買うから……」
「ありがとうございます」
白いトレーに乗った焼き鳥をうれしそうに受け取る。そして普段と変わらず会計をしてなに食わぬ顔で戻ってきた。うれしそうに焼き鳥を持ち上げると「見て見て、湯気すごい」とその煙を顔に浴びた。その様子に違和感しかなかった。
「え、幽霊って買い物できるの……てか屋台の人見えてたの?」
「んーこの焼き鳥美味しい! ちゃんとお金も払ったし。案外大丈夫なのかも」
そういうとまたひと口焼き鳥を頬張った。手にしっかりと握られている串からは確かにひと口分なくなっていた。どういうこと……。俺の頭が追いつくはずもなく、またあれこれと考えてしまう。
「そんな固い顔しないで。ほら、これ君の分だよ」
白いトレーにはもう一本焼き鳥が残っていた。恐る恐るそれを受け取った。どっからどう見ても普通の焼き鳥。少し躊躇しながら口へ運ぶ。
「おいしい……」
「でしょ」
はにかんだ彼女に気を取られて口が緩む。その拍子によだれが垂れそうになり、とっさに口元に手を当てる。み、見られてないよね。「行こっか」と声を弾ませてる彼女、俺らは焼き鳥片手にまた歩き始めた。
「お祭りで食べるものってなんでこんなに美味しんだろう」
頬に手を当てて「太っちゃう」と半ばうれしそうに言葉を漏らす。二台先の屋台に着くことにはもうすでに完食していた。そんなに美味しかったのね。そういえば食べるの好きだもんね。昔、デートに行ったときも頬張ってもぐもぐ口を動かしてたっけ。なんか懐かしいな。残った串とトレーのゴミを玲奈からもらって俺も完食する。玲奈のいる左側にはものを持ちたくない。かといって右手で持つと向かってくる人にぶつかって服を汚してしまうかもしれない。レジ袋なんて持ってないし、しかたなく右手で持ってゴミが邪魔にならないように体の前にそれを置いた。
“ガラガラガラ”
玲奈が引きずるキャリーケースが祭り会場に響き渡る。なんどかレンガにつまづいて音が途絶える。
「そういえば聞くの忘れてたんだけど、これってなに入ってるの?」
「んーとね……強いていうならアイリスかな?」
本人もあまりしっくりきていないらしくて、首をこくりと傾げる。玲奈がわかんないなら俺がわかるわけないよ。それなら直接教えてくれてもいいのに。素直に中身を教えてはくれないらしい。頭がこれ以上詮索しないように自動で切り替わった。俺が代わりに持とうとしても断られた。これをもって会場をまわるのはちょっと不便だよね。そこでひとつ提案した。
「あれだったらそれロッカーに預ける? ここの近くにあるんだけど、多分空いてると思う」
玲奈はしばらく自問自答するように「んー」と思考を巡らせていた。
「そっか、そっちのほうがいいね」
と俺に同意を示した。
ロッカーがある場所はそれほど遠くない。今いる場所からでもその建物が見えている。
少し歩くと屋台に挟まれた閉鎖空間は解放される。お祭り会場の中央にそびえる三階建ての大きな施設。
“中央公民館、通称コミュニティーセンター”
読んで字のごとく、ここは人々が集う公民館で、みんなから“コミセン”ってよばれている。レンガをベースにした落ち着いた外観に、アーチ状の屋根、そして正面がガラス張りという開放感が西洋建築の雰囲気を醸し出している。
「綺麗……」
玲奈は放心して言葉を言う。玲奈は美術部だし、こういう建物とかも好きなのか。公民館前のスペースには祭りの本部テントや役員の休憩場がある。小中学校の先生が見回りの集合場所としても利用しされている。元担任がいないか横目で確認しながら、そこを通り過ぎて中に入っていく。
二重の自動ドアが順に開いて俺らを迎え入れる。クーラーを全身に浴びて突き当たりを左に曲がる。自動販売機が連ねる奥にロッカーがある。玲奈のキャリーケースは小さいだけど、荷物として考えれば大きいか。三百円の縦長のほうに入れておこう。
「よし、じゃあ祭りに戻ろっか」
ついでにゴミも捨てた。身軽になった俺らはコミセンをあとにした。
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