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改めて祭り会場を見るとその煌びやかさに心臓がざわつく。普段この通りには車どころか猫一匹すらいない。年に一度、お盆の数日間はこうして“人の営み”を体感できる。だからこの祭りが、この町が好きなんだ。
「ふふふ」
「急にどうしたの」
「喜一があんまりにも楽しそうだからつい。ここくるときもそうだったけど、子どもみたいな顔してたよ」
浴衣の袖を持って口元を隠した。小馬鹿にしたような、子供扱いするようなセリフは不思議と悪い気はしなかった。玲奈も玲奈で人のこと言えない。彼女は死んでいる、そう思わせてくれないほどナチュラルな微笑みと言葉の抑揚。自分が悪い夢でも見ていたのかなって思ってしまう。屋台を見つめるその横顔をいつまでも見つめてしまう。
さっきの通りに戻ろうとコミセンの壁にそうように歩いているた。すると後ろのほうから男の声がした。
「相引さん?」
その声にひかれて振り向く玲奈。そこにいたのはシャツを着たガタイのよい青年だった。肌が黒く焼けていてまさにスポーツマンという印象。俺はこの男にひどく見覚えがあった。
「向日くん!? 君も祭りきてたんだね」
「地元だからな。ていうか久々だな。葬式以来か」
向日葵。小学校から野球をやっていて、高校ではキャプテンを務めている。物事に対して楽観的なところもあるけど、真面目で人に優しい性格。そしてなにより俺の親友だ。以前会ったときは坊主でまんまるとした髪型だったのに、今は伸びて少しおしゃれしている。
玲奈と葵は旧友に再会したように話を持ち出して、その記憶に浸っている。まるで幼馴染のそれ、地元が同じ人のそれ。表面的な会話は一切なく、自然な笑顔をこぼしていた。
——こいつらなんで面識あるんだ?
葵はもちろん、玲奈にもこんな親友がいるんだとSNSを見せたことがある。けど少なくとも玲奈が生きている間にふたりを合わせた記憶はない。俺が知っている範囲では。それに屋台のおじさんといい葵といい、玲奈のことが見えているようだ。しかも鮮明に。むしろ俺が置いていかれてる。
「あ! 玲奈姉ちゃんだ!」
「ほんとだ。ねぇねだ」
「トランクス……」
「みんな久しぶりだね。って蓮くんその呼び方はやめてよ!」
コミセンの入り口のほうから甲高い声が聞こえた。小学生くらいの男の子ふたりと小さめな女の子がぞろぞろとやってきた。彼らは葵の歳の離れた家族で、元気いっぱいな次男の樹、物静かな三男の蓮、そして末っ子で長女の楓の三人はいつも一緒にいる。特に楓は寂しがり屋な面があり、現に今も樹と手をつないでいる。
「おい蓮、あんまり玲奈姉ちゃんをいじめるなよ。チョコバナナのコアラさん食べられちゃうぞ」
「え、やだ」
「私ってどういうイメージなの……」
葵は兄弟と祭りに来ていたらしく、ちょうど今から見てまわるらしい。男女ふたりと子どもたち。それは恐ろしいほどしっくりきた。こんなに人数がいるのに額に収まり、なおかつ目を奪われる。少しばかり心が痛む。こんな家族いそうだな。
「お、お前ら仲良かったんだな。ていうかなんでみんな玲奈が見えてるんだ?」
団欒に割って入るように声で刺した。周りの熱気が相対的に下がったのが肌で感じた。玲奈は俺を見て少し目を動かす。右に左に、ぎこちなく揺らして口も歪む。「えーっと……」と慌てている彼女に対して意外と冷静な向日一家。頭を傾げて葵が「どうしたの?」と聞いてきた。
「いやーその……幽霊って信じるのかなぁって」
「どうした急に……」
突然、葵を押しのけてちびっこたちが前に出てきた。
「おばけはいるよ! 俺見たことあるもん」
「僕も……」
楓は少し怖がった様子で葵の足にしがみついていた。樹と蓮は学芸会のように身振り手振りをし始めた。その内容は到底信じられないというか、子どもが考えそうな内容で、見ているこっちが微笑ましく思えてしまう。
「こらこら楓が怖がってるだろ。楓も、兄ちゃんがついてるから安心して」
ぽんぽんと楓の頭を撫でて落ち着かせる。
「まあでも、この町にはいろいろと噂とか昔話があるんだよ。今日はお盆だし、幽霊と会えるのも不思議ではないのかもしれないな」
そういうと玲奈の目を見てニカッと笑った。楽観的すぎるというかロマンチストというか。最初出会ったときに驚かなかったのはそういうことなんだな。幽霊と会えるって信じてることに驚きだけど。
「兄ちゃんずっと会いたかったっていってたもんね」
「もんね」
樹と蓮は茶化すようにふたりの間に入った。大きな図体にもかかわらず照れて伏し目になる。それを見て玲奈は「ふふふ」っとさっき俺に向けた笑みをこいつに見せた。今この状況で俺がなにかしゃべろうなら祭りの雰囲気が崩れそうだった。喉に詰まる感覚、それは決して気持ちのいいものではなかった。
地面のレンガの数を数えていたそのとき、遠くから列車が通る音がした——
『ごめん!』
『まったく君は。待ちくたびれたよ』
初めてのデートの日、俺は待ち合わせに遅れた。準備もデートプランもすべて昨日済ませて万全だったのに、今日が休日っていうことを忘れていた。休日でダイヤが変わって、予定していた時刻より早く列車が来てしまった。その列車を一本逃して、結果一時間の遅刻になった。約束に心を浮かせて、約束が俺を焦らせた。そして彼女を失望させる。約束は諸刃の剣なんだと痛感した。
『焦ったでしょ。汗すごいよ。私喉乾いたからカフェいきたいな』
それでも玲奈は俺に嫌悪感を示すわけでなく、いつもと変わらない彼女でいた。
『ふふふ』
不敵に彼女が笑った。それを見て——
“バフンッ!”
近くでポン菓子ができあがる音がした。凄まじい爆発とともに客の驚嘆が聞こえてくる。
「兄ちゃん! 俺あれ食べたい!」
「おういいぞ。相引さんも一緒にどうかな? 来てくれると……その……うれしいかなって」
黙って聞いていたけど、我慢ならない。とうとう口を開く。
「葵! 調子乗んなよ。一回死んだからって俺の彼女には変わらないんだ。あ、あとあれだ。髪の毛なんて伸ばして監督に怒られても知らないぞ」
すっとんきょな顔をする葵はなにを言うでもなくただボケッとしていた。玲奈はというと、なぜが笑いを堪えるように口元に手を当てて、俺に見えないように顔を逸らしていた。え、なんかおかしなこと言ったか? 特に変なことをいったつもりはないけど、周りの反応から察するに俺がおかしいのか? カクンッと首を傾げる。
「どうしたんだ急に」
「あーごめんごめん。私ね、喜一とデート中なんだ。だから遠慮しておくね」
玲奈がきっぱり断ったとき、葵の瞳孔がすぼまったのが見えた。それを皮切りに玲奈はせかせかと話し始めてこの場を離れようとする。葵は依然として豆鉄砲をくらったハトだった。
「じゃあそういうことだから。みんなまたね」
「お、おう。おみなえ祭り楽しんでな。ふたりとも」
こうして高校生ひとりと小学生三人を置いて俺らは祭りに溶け込んでいった。
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