【第一章 御盆】

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   ◯  昼間と夜では大きく印象が変わる。来た道を戻っているだけなのに、まるで違う道を歩いているようにソワソワする。涼しげに揺らいでいたトドマツも怪しげさを増して、車通りの少ない道路は不安感を掻き立てる。 “カランカラン”  俺の背中をさするように下駄の音がする。大丈夫、大丈夫と俺に寄り添う。 「本当に歩きでよかったのか? 列車乗ればすぐだよ」 「いいのよ。初めてきたんだし観光ついでってことで」 「なんでおみなえ祭りなんの? そんな珍しくもないのに」 「約束のためだよ。さっきそういったじゃん」  ふくみを持たせた言いぶりは綿をまとっているみたいでもやもやする。不敵(ふてき)に笑う顔がなおさらそう思わせた。玲奈の思考は出会ったときからわからない。衝動的というか抽象的というか。美術部に入っていたということもあって、表現方法が独特な場合がある。俺にはわからないアーティスティックなロジックが彼女を動かしているに違いない。  アーティスト……。もしかして作品のため? 次描く絵の題材とか? 玲奈に尋ねると「さぁどうでしょう」と誤魔化された。 「遠いね」 「そうだな」  彼女はうれしそうに話す。 「涼しいね」 「そうだな」  街灯がひとつまたひとつ過ぎていく。聞こえるのは虫の音と列車が通る音だけ。ビルなんてあるわけないし、住宅街の明かりはそれほど強くない。暗いせいか、ところどころに咲いている黄色い花が光っているようにも見えた。  踏切のところまでくると、賑わいが目と耳で感じられる。浴衣を着ている人、家族連れの人、部活帰りの人。全員すべからくある場所を目指して進んでいる。ちらほらと増え始めた人と提灯。それに比例するように心が躍る。 「うわーおっきな鳥居」  階段下から口を開けて眺めていた。階段の両端には提灯が灯って、雅な参道を作っていた。見惚(みと)れている玲奈に見惚(みほ)れる俺。 「さてと、いきますか」 「あれ? ここじゃないの?」 「祭りの会場はこのさきだよ」    おみなえ駅から徒歩一分ほどの距離にそれはある。駅からでも会場の入り口がわかるほどに光が漏れていた。駅前の広場を突っ切って、小洒落たレンガのオブジェを横目に見やる。そしてある通りの入り口に俺らはたどり着いた。 「今日こそ絶対に当ててやる!」 「けんちゃん今どこー?」 「パパ! あれ食べたい!」  周囲から老若男女問わず、さまざまな声が聞こえた。目の前が屋台で埋め尽くされて、さっきまでの暗い町が嘘のようだった。 「すごい……すごいよ! 私こんなに綺麗な祭り初めて見たかも」  玲奈もキャッキャとよろこぶ。その大きな瞳に入りきらないほど、たくさんの景色を目に焼きつけていた。純粋で、感受性がよく、表情が豊か。俺が惚れた理由でもあり、後悔の原因でもある。玲奈の言った“約束”が果たされれば、彼女も成仏(じょうぶつ)するのかな。この心のわだかまりも消えてなくなるのかな。 「ねぇ喜一! あそこに焼き鳥あるよ! 早くいこ」  目も口も線で弧を描く。年に一回の大きな祭り。俺も俺で幼心(おさなごころ)を咲かせていた。 「懐かしいなぁ。来たのは去年……」  そのとき、激しい頭痛が俺を襲った。  頭がかち割れそうな痛みは心までえぐるほどだった。けどそれは一瞬で収まり、“痛い”と認識したときにはなんともなかった。 「どうかしたの?」 「な、なんでもないよ。それよりいこっか。玲奈が満足できるくらい案内するから楽しみにしてよ」 「お、それは期待しちゃいますね。約束だぞ」  玲奈に気をつかわせなように笑ってみせた。久しぶりのデートなんだし、楽しまないと。
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