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いつからこんなことになったのか、はっきりとは覚えていない。
今日も妻は、子供達が寝静まった頃に寝室を抜け出した。
「またかよ」
そうため息をついて、俺も一緒について行く。
妻はふらりふらりと力なく階段を降りて、玄関に向かうとその場に座り込んだ。
そして、閉まっているドアを指差して、「見える?」と俺に尋ねる。
「見えない」
俺は今日もそう答えた。
嘘ではない。本当に何も見えない。
何の変哲もない、茶色く塗装され中心部に曇り硝子がはめられた玄関の扉。
いつも防犯対策として玄関外は電気をつけており、曇り硝子の先は煌々と明るい。
しかし何も見えない。
人影なんてもっての他だ。
「……見える。見えるよ。扉の外に、女の人が立っている。影が見えるよ」
背筋に何かが這うような不快感が襲う。
それは、彼女が今見ているものではなく、彼女自身に対してだ。
やっぱり病院に連れていった方がいい。
心の中でそう決意する。
「……本当に見えないの?」
振り向いた彼女の目は、まるで俺の方が狂人とでも言うように怯えていた。
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