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「バレンタインの時には、もう引っ越しが決まっていたけど、誰にも言えなくて。でも最後にチョコレートだけはあげたいなって思って、卒業式の準備で放課後委員会の集まりが終わった後に、他の子達から貰ったチョコを入れてる袋にさって入れて、走って帰りました。それでお終いです。」
青島は正門の方に目を向けると、赤いランドセルを背負った女の子が走って帰る姿を思い描いた。
「可愛いな。」
青島は素直にそう思って、宮下の言葉を思い出していた。
「自分よりも背が高くて勉強ができて、大人びた雰囲気の女の子に、サッカーしか知らない俺みたいなガキが、どんな感情持つか分かりますよね?」
バーのカウンターで、はじめ身構えていた宮下は、酔いが回ってくると堰を切ったように話し始めた。
「憧れ、か。」
青島が呟くように答えると、宮下は大きく頷いた。
「自分なんかが相手にされるなんて思いもしてなかった女の子から、恥ずかしそうにチョコ渡されたら、特別な感情なんか持ってなかったとしても、舞い上がっちゃいますよ。」
突然、フェンスのすぐそこにボールが転がってきたと思ったら、ひとりの男の子が追いかけてきてボールを拾うと、未来と青島に向かって頭を下げた。
そして少し不思議そうな顔をして、すぐにチームメイトの所に戻って行った。
「誰の親だろうと思ったんだろうな。」
と青島が言うと、未来はえぇっ!と本気で驚いてしまった。
「そう思われても当然だろ。」
「あんな大きい子がいるように見えるなんて、ショック…。」
逆に、俺はもっと大きな子どもがいても、おかしくないけどな、と青島は思ったが、口にはしなかった。
「そろそろ行こうか。軽く何か食べよう。」
仕事の時は新幹線を使ったが、今回は車だ。
朝早く出て、途中でモーニングを食べたが、お昼時間をとうに過ぎて、さすがにお腹も空いてきた。
「どこか知ってるか?」
青島に聞かれて、咄嗟に首を振った未来だったが、ふと思い立ったような表情になった。
「母とたまに行ったラーメン屋さん、まだやってるかな。でも軽くですもんね。」
「いや、いいんじゃないか。場所は覚えてるか?」
はい、と未来は頷いてから、車に乗るためにガードレールをよけて回ろうと歩き出そうとした時、青島が腕を取った。
「掴まれ。」
と言って青島は、あっという間に未来を抱き上げると、ガードレールの向こう側に下ろした。
声を出す間もなく呆気に取られた未来は、ガードレールを跨ぐ青島を見つめる。
「ドアも開けて欲しいのか?」
突っ立ったままの未来に向かって、青島はからかうように言った。
「違いますっ。」
顔を赤らめた未来は、勢いよくドアを開けた。
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