淡彩

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「怒ったのか?」 エンジンを掛けながら、助手席の未来を見ると、上目遣いで睨むようにこちらを見ている。 「びっくりしたのと、恥ずかしいのと、あとは…、さらっとこういうことされると、やっぱり女性の扱いに慣れてるんだなって思っちゃいます。」 未来の言葉に、青島は顔をしかめた。 「あのな、こっちは完全に誤解だったんだ。この間から消化出来てないのは俺の方だよ。この旅行ですっきりさせてもらうからな。」 凄んで見せた青島に、未来が怯えたような表情になると、青島は満足したようにふんっとばかりに車を発進させた。 右です、左です、としゅんとした様子で道案内をする未来に相槌を打ちながら、青島が車を走らせていると、あった、と少しだけ嬉しそうに未来が言った。 駐車場に車を止めた青島は、ナビの役目を終えて無言でいる未来の髪に手を伸ばした。 「すっきりって言うのは、ゆっくりお互いのことだけ思って過ごす時間にしたいって事だよ。それと行き場のない俺の嫉妬を、少しだけ受け止めてくれたら嬉しい。」 「嫉妬?」 案の定、全く分かってない。 だから苛めたくもなるんだと青島は思ったが、これ以上、怖がらせるわけにはいかないと、笑顔を見せた。 「ひとまず店に入ろう。時間はたっぷりある。」 未来は首を傾げながら車を降りたが、その途端、遠い記憶にかすかに残っていた匂いが鼻をくすぐり、思わず笑顔になった。 「何が美味しいんだ?」 お昼時は過ぎたというのに、店は満席に近い状態だった。 「何でも、って言いたいところですけど、食べるのは決まって中華そばと餃子でした。」 未来がそう言うと、青島は中華そばを二つと餃子をひとつ頼んだ。 しばらくして運ばれてきた中華そばは、透き通った黄金色のスープにちぢれ麺、その上にチャーシューと白葱が乗せられたシンプルなものだった。 「こんなに美味しかったんだ。」 スープを飲んで麺をひと口食べた未来は、思わず呟いた。 「本当に美味しいな。この時間で混んでいるのも頷ける。時間が外れていて良かったのかもしれない。」 遅れて運ばれてきた餃子も美味しくて、二人ともあっという間に食べ終えて店を出たところで、未来は申し訳なさそうに口を開いた。 「義父(ちち)とも、何度か一緒に来ました。」 青島は、そうかとだけ言うと、未来の背中にそっと触れた。 宿を予約した時には知らなかったことがいろいろありすぎて、この機会に、未来の育った町や通った学校が見たいと言った時、正直、嫌がるのではないかと思った。 しかし宮下の話を聞いているうちに、淡い思い出の中に、未来のことをもっと知る手掛かりがあるような気がして、この偶然に思い切って口に出してみたのだ。
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