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「えっと、生意気かもしれないんですけれど、全部やりたいです。横断幕も入場門も。門は、できれば二種類」
緊張しているのか、言葉が省略されがちだ。
「……え。今あがった案、全部に取りかかりたいってこと?」
ボブヘアーふたりが大きく頷く。
「いいけれど、自分たちの制作は大丈夫か?」
中島が割って入った。
「それもちゃんとします。ただ、思いきって言っちゃうと、わたしたちは先輩たちほど、絵画のコンクールに気合いが入らないんです。……入賞するような作品なんて、無理だし」
「私もこの子も、イラストやポップを描くほうが得意です。できることを頑張りたいです」
「……うん。いいと思うよ」
わずかな隙間から入る風が、千影の額にあたった。
一年生男子が「僕も」と手をあげる。
「他部と共同すればいいと思います。そうすれば負担も減るし」
なにより学校が望むような「一丸として取り組む」スタイルになる。小さな声でそう言った。
◇◇◇
ミーティングを終えたあと、美術部はいつもどおりの放課後を過ごした。ばらばらの椅子に座り、思い思いの作品制作にかかる。
千影はデッサンに使う鉛筆を削りながら、中島のほうを見た。
今日も油絵具を使うようだが、いつもより道具が雑多としていない。テレピン油は蓋が閉まっているし、使っていない絵具は、木箱に収納されたままだ。まるでさっき片づけたみたいに。
中島はたたんだエプロンを膝に置いて、描きかけの絵を見つめている。絵を描いていない今なら、話せるだろう。
「……上級生がミーティングで言い合いなんて、かっこわるい。次はもっと、事前に相談させてね」
「振ってくれたら、相談に乗ったよ」
「『適当にやって』のひとことだったじゃないの」
「だから、適当に決められないなら、振ってくれれば。副部長扱いなんていやだけど」
「自分勝手」
「そうだよ」
中島が取りかかっているのは、前と同じような、水辺の絵。春休みに見た湖に感動したらしく、最近は湖畔ばかり描いている。
「けどまあ、萩原につっかかられるほど、悪人でもないよ」
「……うん」
千影はミーティングで言ったことや、言われたことを思い出した。二本目の鉛筆を削りながら、中島に尋ねる。
「中島くん。……『個人的に行きたい試合』って、わたしに向けて言ったよね?」
「ん」
「あれ、どういう意味」
千影は鉛筆を強く握った。
「わたしが……その。……知っているの?」
言葉の半分は、吹奏楽の練習音にかき消された。
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