ミーティング

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 中島が無言で手招きをする。千影は椅子ごと距離をつめた。 「今日会っていたサッカー部だろ。……萩原。ああいうのが趣味だったの?」 「………」  至近距離で核心をつかれて、千影は言葉を失った。 「あいつ、いいやつだけど、筋トレの話になると暑苦しいよ」 「……なにそれ」 「乳首が下向きになるような、大胸筋(だいきょうきん)がほしいって語っていたよ。ほらあそこのマルス像みたいな」 「そこじゃない」  千影は赤い顔のまま、小声で聞いた。 「どうしてわたしの好きなひとがわかったの。……誰にも言っていなかったのに」  中島は自分の絵を見たままだ。 「萩原がミーティング日なのに遅かったから。ひょっとしたらと思って、詮索しただけ」 「……それだけ?」 「あと面倒くさいから言うけど、向こうも萩原に気があるよ」 「………。嘘」 「『なんかいいよね』だの『美術部っていつが暇?』だの。ここ最近、言ってきてる。証拠のメッセージ、見るか」  中島が制服から取り出したスマートフォンには、SNSの画面が映っていた。  サッカーフィールドのアイコンがあって、その上に「大智(たいち)」と表示されている。大智は、日下部の下の名前だ。 「見せなくていい。み、見たら悪いし」 「あっそ。じゃ、せいぜいがんばって」  スマートフォンがしまわれる。 「他人の恋愛なんて興味ない。あとは自分でやって」  言い切り、中島は作業用のエプロンをつけた。パレットに絵具を乗せる。 「萩原。夏の美術展に出す作品は、進んでいる?」 「……あんまり」  千影は気を静め、中島の手元を見た。青の油絵具が、テレピン油で伸ばされていく。独特の刺激臭。 「迷ったから、基礎デッサンをしていたのよ。……そうね。反射光や明暗のコントラストを描くのが好きだから。美術展の絵も、光を描きたいな」  画材の匂いを嗅ぐうちに、千影も絵が描きたくなった。スケッチブックをめくる。  描いてきたデッサンを見直す。線を重ねて作った淡い影。光と影の境界線。影を消して描いた、ちいさな反射光……。それらを見るうちに、ふっと、日下部への気持ちも大切にしようと、千影は思った。絵心を大切にしているのだから。  彼をもっと知りたい。よく見たい。自信がなくても、その気持ちに従おう。
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