八十分の光景

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八十分の光景

 運動公園のゆるやかな坂をのぼったとき、目的のグラウンドを眼下に見つけた。  人工芝が植えられたフィールド上では、自校の選手と他校の選手が、ウォーミングアップにいそしんでいる。日下部は芝の外にいて、監督と話し込んでいた。  間に合ってよかった。千影は胸をなでおろし、第三試合会場となるグラウンドへと近づいた。  インターハイ県予選。自校が出場する三回戦は、午後一時からの試合だった。  千影は午前中を美術部室で過ごした。そして帰りの電車を途中下車して、試合会場となる運動公園へ来た。応援をしに。  グラウンドの奥には三列のスタンド席がある。プロリーグや国際試合で使われる競技場に比べると、ささやかな観客席だ。席にはサッカー部の部員やマネージャー、保護者、スーツ姿の関係者などが座っている。  千影がいるフェンス前には、通りがかりの小学生や親子連れの姿があった。それから、しっかりと日よけ対策をした女性グループ。「ここのミッドフィルターの子が……」といった会話が聞こえてくるから、おそらく高校サッカーのファンだろう。  日差しはまばゆく、夏用の制服を着ていても、汗が浮かぶ。  グラウンドを見ていると、サッカー部の主将がこちらに気づいた。千影が会釈すると、フェンスのほうへ小走りで来る。網目越しに向かい合う。 「……たしか、美術部の」 「はい」 「このあいだはどうも」  主将の彼には、落としもののタオルを届けたほか、部長会議でも顔を合わせている。 「先輩、第三試合進出、おめでとうございます」 「ありがとう。応援? なら、スタンド席に行けば」 「せっかくですけれど」  千影はすこし考えて、こう言った。 「ひとりで来ていますし、ここで十分です」 「遠慮しないで……。ああ、まあ、いいか」  主将が、フィールドの奥とスタンド席に、目をやった。そして千影に笑いかける。三十人強のリーダー格らしい、頼もしい笑みだった。 「そこにいるなら、ベンチやスタンド席も見てやって。うちは試合に出ないメンバーもがんばっているんだ」 「……はい」 「日下部もね。今大会も、よくやっているよ。それじゃ」  彼はウォーミングアップへと戻っていった。  千影はフェンス前で、言葉の意味を考え続けた。  ……試合に出ないメンバー。控えや、控えにも入れなかった部員のことだ。それはわかる。  ……日下部くんは控えの登録選手らしいけれど。どうがんばっているんだろう。  思い悩んでいると、いよいよ試合開始となった。
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