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両校の選手たちが並び、一礼をする。観客席から拍手が起きる。
千影もエール代わりの拍手を送った。拍手をしながら日下部を探すと、彼は芝の外で、スパイクを結び直していた。その横顔は緊張感に満ちている。
日下部を見ているうちに、千影の拍手は止まった。
今日、応援に来ることは、日下部に知らせておいた。
ベスト8に合わせて、応援幕を用意する手筈でいること。
雰囲気を知りたいから、応援もかねて、会場が近い第三試合を見に行くこと。
ただ日下部が気になるから、という気持ちは隠したが、応援に行くと伝えた。日下部は「応援が増えるなら、チームが勝つ気がする」と、嬉しそうだった。
そう話していたのに、日下部とは目も合わない。
日下部はスパイクを直すと、スタンド席下のベンチに座った。キックオフの時間が近づくと、フィールド上の選手と同じような表情になる。気迫のある眼差しで、センターサークルを見据えている。
……今日も知らない顔をしている。わたしのほうなんて見ていない。
……こんなに、真向に取り組んでいたんだ。
ホイッスル。ボン、と音を立てて、ボールが飛ぶ。影が芝生を走る。陰影が目まぐるしく動く。
ベンチから日下部の声援が飛んだ。続いて、ほかの部員の声も。
千影はスタンド席へは行かず、試合と日下部を見守った。
開始二十分後、こぼれ球を拾う形で、自校に先制点が入る。
日下部が声をあげて喜んだ。千影も「よし」と、拳をにぎった。
試合は一対ゼロと、自校がリードする形で進んだ。
千影はときに声援を送り、ときに試合の様子を写真に撮って、時間を過ごした。
試合に熱中する一方で、ふと別の考えがよぎる。選手たちのしなやかな動き、空の広がり、芝の青さといったものに感動し――心の底で、強い衝動にかられた。
早く描きたい。
わたしも、わたしが熱中するものに向かいたい。
自然な陰影を、目の前の色を。明るい感情も暗い感情も込めたような一枚を。
できる限り精密に、今すぐ描きたい。
千影は目の前の光景を、焼きつけるように見つめた。
十分間のハーフタイムでは、日下部と目があった。そっと手を振ると、彼の顔がほころんだ。
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