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一秒一秒が長く感じられた。ボールは相手校の選手によって、センターラインを越えてくる。泥のついた守備陣が食い止める。競り合いの末、近距離でシュートを打たれたが、日下部が止めた。スタンド席から声援。千影は息をのんだ。
声援の中、日下部は受け止めたボールを落とし、低く蹴りあげた。ボールは長く伸びて、フリーの味方へと届く。正確なパス。……このパスはきっと、彼が仲間の練習を見続けた成果だ。
残り時間わずか。自校のシュートが入り、試合は二対一で終了した。
敬意を込めた礼のあと、サッカー部員たちはフィールドから去る体で、はしゃぎはじめた。
日下部は背番号一番のゴールキーパーと、肩を叩きあっている。
「勝った」
「三勝目だ! すげえ!」
屈託のない笑顔だった。
千影は目の端の涙をぬぐってから、席を立った。スタンド席には顔見知りの教師や友達もいたので、他愛のない挨拶を交わす。おつかれさま。萩原も応援バスに乗ればよかったのに。次からはそうします……。
「千影さん」
優しい声で呼ばれ、千影はフィールドのほうを見た。
試合の緊張がとけた日下部が、手を振っていた。
「ありがと。勝てた!」
千影は日下部をまっすぐに見つめた。笑顔で返す。
「うん。最高だったよ」
芝と土の香りが、スタンド席まで届いていた。
……応援の帰り、もしくは中庭で、そろそろ気持ちを伝えよう。夏の作品展に本腰を入れたら、暇がなくなるのだから。ああ、応援幕の制作もやらないと……。
広い空の下で描く未来は明るく、鮮やかなものだった。
(終)
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