木陰

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   ◇◇◇ 「キャプテンのタオル、届けてくれてありがとう」 「美術部って何人?」 「ここのカレー、辛くておいしかったよ」  日下部がぽん、ぽん、と話題を振ってくるので、会話には困らなかった。 「別にいいよ」 「幽霊部員を入れて六人」 「わたし、辛いもの苦手なんだ」  気の利いた返事ができないので、盛りあがりにはかけた。そんな会話のテンポも、千影にとっては好ましい。  大勢だと賑やかな日下部も、一対一だと、すこしは落ち着くようだ。  日下部とは、帰りの電車の方向まで同じだった。ホームのベンチに並んで座り、電車を待つ。 「なぁ、中島って、美術部にいるよな?」 「中島誠吾(せいご)くん?」 「そそ。俺、あいつと同じ中学だったんだよ。K中」 「ふうん」  向かいのホームでは、私立校の中学生が、スマートフォンをいじっていた。二年前は自分も中学生だったのに、やけに幼く見える。 「同中か。中島くんとは、仲が良かったの?」 「わりと。あいつとはよく、乳首の話題で盛りあがったなぁ」 「……へえ」  日下部はなにか懐かしむように、夕暮れの空を見あげていた。 「やっぱり乳首は下向きがいいよなって、何度も語って」 「その話を続けるなら、わたし、向こうのベンチに行くから」 「ちょ」 「聞きたくない」 「千影さん、そんなドン引かれる話じゃないから、聞いてよ」 「いや」  蔑みの視線を投げながら、ベンチの端に逃げる。 「サッカーの試合なら、イエローカード一枚ものだよ」 「イエローか。よし、まだ試合に出られる」  日下部は「ごめん。もうしない」と、両手を合わせて謝った。 「中島くんも半分悪いから、もう謝らないで」 「あ、中島のやつ、元気にやってる?」 「元気すぎて、たまにむかつく」 「むかつくんだ。なんつーか、ぶつかりあえる関係なんだね」 「別に……」 「実は、中島とつき合っていたりする?」 「ありえないから」 「ごめんなさい」 「もう、別の話しよう」  千影は切りあげながら、駅の時計を見た。七時前だった。中島はきっと、石膏やキャンバスに囲まれる部屋で、絵を描き続けている。  ホーム内に、電車到着のメロディーが流れた。 「残念。くだりだね」  千影と日下部が乗る電車ではなかった。向かいのホームではもう、学生や会社員が、列に並んで電車を待っている。  日下部は「別の話か」とつぶやき、なぜか溜め息をついた。
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