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「つい、あと回しにしたけれど……。単刀直入に聞くわ」
向かいのホームに、各駅停車の電車が侵入してくる。ヘッドライトがまぶしい。
千影の長い黒髪が、かすかにたなびいた。
「千影さん、キャプテンのタオルを下駄箱で拾ったって言っていたけど――あれ、嘘だよね」
電車の到着音がうるさかったが、日下部の声ははっきり聞きとれた。
「あのタオル、中庭で拾ったんだろ」
千影は乱れた髪を、肩のうしろにやりながら、日下部の表情をうかがった。
彼は口を一文字に結んでいる。……嘘をついたことを、怒っているのかもしれない。
千影はちいさく頭をさげた。
「うん。本当は、タオルは中庭で拾ったの」
「だよな」
日下部は苦笑いを浮かべた。
「俺もあのマフラータオル、放課後の中庭で見たんだよ。……茂みに隠れていたから、落としたひとが見つけやすいよう、木にひっかけといた」
『まもなく電車が発車します』というアナウンスが流れる。多くの乗客を乗せた電車は、発車のメロディーを残して去っていく。
駅に静けさが戻った。
「……ごめん。日下部くんが中庭にいたから、てっきり日下部くんの落としたタオルだと、勘違いしたの」
「やっぱり。……俺が泣いていたの、見たんだ」
日下部は消えそうな声で言った。
胸が痛んだので、千影は日下部から視線をそらし、なんでもない様子を装った。
「……なかったことにしようか?」
「そこましなくていいや。誰にも言わないでくれたら、それで」
「言わないよ。もちろん」
もともと、誰にも話すつもりはなかった。
日下部は帰りの電車が来るまで、話を続けた。
「もうすぐ、インターハイの予選なんだよ」
「県大会」
「そそ。俺、スタメンに選ばれたんだ。なのに最近、ひざが痛みやがって」
「……今も痛いの?」
「運動したら痛むくらい。コーチにも気づかれて……試合、出してもらえないだろうなって思ったから……休みがてら、中庭で沈んでいた」
日下部は長く息をはいて、うつむいた。
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