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渡り廊下
一緒に下校した翌日も、その翌日も、千影の日下部への想いは消えなかった。休み時間に賑やかにしている姿も、放課後まっすぐグラウンドへ向かう姿も、好意的に思える。「千影さん」と呼ばれるだけで、幸せな気分になった。
新緑の季節からしばらく経ち、梅雨。じとじとした天気が続くようになった日の放課後。
千影は部がはじまる前に、渡り廊下で、日下部と会っていた。
静かに雨が降る。雨音を破るように、紙をめくる音が、千影の耳に届く。
千影のスケッチブックは、手渡した相手によって、ゆっくりとめくられていた。
「………」
「日下部くん……もう、いい?」
「いや、すごいね。すごい上手。それに、千影さんって感じもする」
「意味がわからない」
「日付の字まで綺麗」
千影は日下部にデッサンを見られるのが、恥ずかしくなった。自分の顔が赤くなっているのが、熱でわかる。
「そろそろ返して」
「あ、うん」
日下部がスケッチブックから目を離し、物珍しそうに、千影の顔を眺めた。
「……どうしたの」
「千影さんの照れ顔、はじめて見たかもって」
「なにそれ」
千影は地面に視線を落とした。まだ顔は熱い。
「たいていクールっていうか。去年のコンクールで賞とったときも、ポーカーフェイスで表彰されていたっしょ?」
「ひ、表彰なんて。そんなものでしょう」
千影が一年生のときに受賞した賞は佳作だ。同じコンクールで銀賞に輝いた中島がいるので、そう名誉に思っていない。
「気ぃ悪くしないでよ。そういう顔もするんだなって、見とれただけ」
……意識するから「見とれた」なんて、軽く言わないでほしい。
千影の気恥ずかしさは、なかなか治まらなかった。
日下部は膝を完治させるため、体を休ませろと指導されている。県大会では控えのゴールキーパーとして登録された。
休む間は、過去試合を見るなりチームメンバーの動きを見るなりしろ。そうコーチに言い渡された――という日下部の話から、流れ流れて、千影は自分のスケッチを見せる羽目になった。
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