渡り廊下

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 話に対して「見ることは大切だよね」「わたしもスケッチの前は、モチーフを長く観察するし……」などと語ったのが、日下部の好奇心を刺激したらしい。「スケッチ見せて」と、強くねだられた。  日下部はひとしきり中を見たあと、浅黄色のスケッチブックを、千影に返した。 「千影さん。こういう絵は、何分くらい、観察してから描くの」 「十分。ときどき、二十分以上」  湿った空気の中でスケッチブックを受け取る。日下部の手の温もりが、表紙に残っていた。 「形を正確に捉えようと思ったら、どうしても、それくらいかかっちゃって」 「見ているだけって、辛くない?」 「全然。……とはいかないけれど」  言葉を止めて考える。雨音が強く聞こえた。 「でも、わかってからのほうが手がすすむ。発見があると嬉しいし」  日下部が黙って頷いた。 「まあ、そうだよな。もうすこし、俺もおとなしくしていよう」  控えの選手で、試合を見ているだけなのは、辛いのだろうか。 「……うん。もうすこし」  雨は降りやみそうにない。  日下部は雨空を見あげ、軽く伸びをした。 「この天気だと、グラウンドでの練習は厳しいな」  千影も灰色の空を見た。 「残念だね。せっかくサッカー部、県予選を勝ち進んでいるのに……」 「知ってんの!」  日下部が晴れやかになる。 「ホームルームで、先生が言っていたから。それに、運動部が活躍していると、文化部は応援要請を受けるし」 「あー。そんなんあったね」  高校の方針で、文化部は、運動部の応援を頼まれることがある。吹奏楽部の演奏は花形だ。 「文化部は準々決勝。ほか一般生徒は、決勝まで進んだら、応援に行ってって」 「……決勝か。基準やべえなぁ……」  自校はサッカーの強豪校ではない。熱心にやっているが、大会で二勝すればいいほうの、よくある部。 「県大会ベスト8くらいで、みんなに呼びかけてほしいよ」 「応援って、嬉しい?」 「そりゃあね。でも、大勢に来てもらわなくていいや。誰だってスケジュールがあるだろうし」
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