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スケジュール、という言葉を聞いて、千影は腕時計に目をやった。まもなく部の活動時間。
「いけない。部室の鍵、開けなきゃ」
千影は美術室へと足を向けた。
「千影さん」
後ろから声。
千影は振り返り、スケッチブックを持ったまま、彼を見つめた。
「……なに」
「ああ、いや」
日下部が言いよどみ、会話に間が開いた。
「……千影さんは、運動部の応援って、来るほう?」
「……え。うん。行くよ?」
千影は質問の意図がわからなかった。もしかして日下部は、みんながいやいや応援に行っているとでも、思っているんだろうか。
「吹奏楽も聴けるし、応援に行くの、けっこう好きだよ。『がんばって』くらいしか言えてないけれど」
言葉に嘘はなかった。日下部が「そっか」と息をつく。
「よし、次の選手権には完治して、レギュラーでめちゃくちゃ活躍できるようにしよ」
「ゴールキーパーだよね? 活躍する時間は、すくなくていいよ」
「俺もそう思う」
日下部が笑顔で手を振った。運動部の部室棟に行くようだ。
「……それじゃ、がんばってね」
渡り廊下は雨が振り込んでいたが、千影は場を離れるのをためらった。薄暗い気持ちになる。
……偶然、弱いところを見たから。部外者で話しやすいから。今はそれで特別に話せている。
……マネージャーでも運動部でもないわたしは、遠くから応援するしかないのかな。
千影は一度目をつぶった。数秒おいて、瞼をあげた。
わからないがひとまず、部室の鍵を開けに行かないと。
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