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「どんな子? 誰? どこでであったの?」
男子校にいて彼女だなんて、中学の同級生か塾 習い事のクラスメイト、友達の妹くらいしか可能性がないと思っている。
むろん、この 高校で塾や習い事に通っているやつなんて、全校に一人か二人だろうが。拓馬がその子とどこでどうやって出会ったのかは、気になるところだ。自分も参考にしなければ。
「どんな子かって聞かれたら、良い子。それにぽっちゃりしてて、かわいい」
耳以外の部位はどこも赤くなっていないが、拓馬の体温が上昇しているのが伝わってくる。日焼けた肌の下で湯気のたっていそうな頬。
拓馬は今、絶対に照れている。これは2年間一緒にいるからこそ言い切ることができた。
そしてこの程度の情報でも、なんとなくその女の子の容姿が想像できた。
よくテレビに出ている女性芸人のうちの、誰かに似ているのだ 。拓馬はいつも、ふくよかな女性芸人たちを讃えている。
「本屋でナンパしたんだ。ナンパってほどでもないか。漫画の新刊コーナー見てたらさ、聖苑学園の子がBL棚のところにいたんだ。すっごいタイプでさ、今日を逃しちゃいけないと思って、必死こいて声かけたんだ。
『お金は出すんで、僕の分も買ってきてもらえませんか。自分じゃちょっと買いに行きづらくて』って。
そしたらいいですよって言ってくれて。んで会計のあとに、駅前の喫茶店に付き合ってもらった。んで始まった」
どこから突っ込んでいいのかわからなかった。
まず、彼女は交際という言葉を理解しているのか? 彼女のご両親はこの交際を知ってい るのか?
拓馬自身、この交際にどの程度本気なのか? どんなふうに告白したのか? 買ってきてもらったBLの本は読んだのか? そして拓馬は、聖苑学園という言葉を理解しているのか――。
聖苑学園は、この近所で有名なお嬢様学校だ。歴史も長くブランド力がすごい。幼稚園から大学まであり、幼稚園に入園する際にも試験があるらしい。
偏差値と民度の低さで有名な条西高校の男には、とても手が届かない。普通なら。だからきっとその子は変な子か、世間知らずのどちらかだ。もしくは両方。
「お前、聖苑学園って言葉をちゃんと理解してるか? お嬢様だぞ?」
もし軽い気持ちなら、なんとしても止めなければ。何かが起こってからではまずい。自分らの親や学校よりも、向こうの親と学校の方が すべてにおいて強いのはわかりきったことだ。
もし彼女を傷つけてしまったら? 彼女のご両親は全力で拓馬を叩くだろう。
「わかってるよ。だから少しでも釣り合うように、もう高三の夏だけど、大学進学を考え始めたんだ。偏差値の低い大学でも、大卒と高卒 じゃ全然違うだろ? 彼女は学歴とか貧富の差とかまったく気にしてないみたいだけど、ご両親はきっとそうじゃないじゃん? だから俺、問題集も買ったんだ」
一息に言うと、拓馬は背負っていたリュックを腹に抱え、新品の英単語のテキストと長文の問題集が出てきた。
「本気なんだな」
「まぁな」
拓馬はせっせと教材をしまうと、何事もなかったように歩き出した。もう耳は赤くない。
翔平も同じように、何事もないように並んで歩いた。
しばらくの間の無言が、熱風でゆっくりとかき混ぜられる。頭の中は、まだ聞きたいことでいっぱいだったが我慢した。一つの疑問をのぞいて。
「お前、買ってきてもらったBLの本、どうしたんだ? 」
夏の西日が、バイト終わりの青年らを溶かしにかかってきた。
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