花火の死骸

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 花火大会に行かない今年の夏は、平凡に終わるだろうと思っていた。  アイスクリーム屋のエプロンをロッカーにしまい、スマホを確認する。ニ度着信があったあとに、メッセージが来ていた。拓馬からだ。楽しんできますという宣言か何かだろうか。翔平はLINEをひらいた。 『一七時三〇分、駅前のドーナツ屋の前に来いよな! アリサちゃんが親友の女の子を連れてきてくれることになった。確認したら返信頼む』   驚きより、嬉しさが勝って変な気持ちになった。アリサちゃんとは例の拓馬の彼女だろう。  その子の親友の女の子と歩くことができるのか。  顔も名前も知らないが、この際どうでもいい。女の子と歩けるなんて、またとないチャンスだ。それに拓馬も一緒だ。   翔平は大急ぎで返信し、日差しの家路をかけた。 シャワーを浴びて、髪をセットして、ましなシャツを探して、鼻毛が出ていないかを確認して――。  翔平は母親の散らかった鏡台を後にし、アパー トに鍵をかけた。 きっとこれまでの人生で一番完璧に近い身なりだ。そう思いあがると、すぐに不安がそれを包み込んできた。 初対面の女の子と行く花火大会は、どんなものなのだろうか。彼女のことを考えるほど、よくわからない。顔も名前も知らない。知っている情報は、聖苑学園のお嬢様。ただそれだけなのだ。  カッターナイフ一本で猛獣と対峙するかのような、勝手な恐怖が湧き上がって止まなくなった。 待ち合わせ場所についた時には、すでに拓馬がいた。やはり彼も、なんとなく雰囲気が違う。自分と違い髪をいじったわけではないようだが、どこが違うのかはわからない。ただ、いつもの拓馬よりもかっこよかった。   駅前は人待ちでごった返していた。少し離れてみるその光景の端には、ダイヤモンドのかけらのような星が一つ輝いていた。 その時だった。来たな、と思った。拓馬が手を大きく振りだしたからだ。心臓か、胃か、とにかく中のものがギュッと縮んだような気がした。
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