花火の死骸

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 このままずっと揺れるかつお節を眺めるのではないかと思ったとき、彼女は慎重に一番端のひとつをつかんだ。噛むひとくちが小さい。  隣で一組の箸を交互に、食べさせあっている2人とは大違いだった。ひとくちのサイズも、愛情も存在感も――。     翔平は多くを望むつもりはなかった。もちろん、隣でちびちびとたこ焼きをかじる彼女と仲良くなれたなら万々歳だ。しかしそれはただの欲望。  ただ、普通に話をして、帰るころには「良かった」と思えるものにしたかった。 「翔平さん、でしたっけ。私は舞華と申します」 根付の鈴を、少しはっきりさせたような声がした。その声は確かに隣の小柄な彼女からでたものだった。  やっと一つ目のたこ焼きを食べ終わったのだろう一つ分開いたパックのスペースに、ソースが垂れている。 「アリサさんから、聞きました。アリサさんの彼氏さんの、お友達なんですよね?」 「あ、はい」 喉がつかえて、情けない声が出た。撤回するように、慌てて会話を続けさせる。 「拓馬の彼女は――、アリサさんは、どんな子なんですか?」  どんな子かはだいたいわかる。お嬢様で食べることが好きで、人前で堂々とイチャイチャできる子だ。そんな子に、興味はない。しかし 、無難で不自然でない会話を続ける方法は、このカップルの話題を出すことしか思いつかなかった。 「アリサさんは、とてもいい子ですよ。成績もいつも上位で、明るくて、優しいです」 舞華は少し眉を寄せながら、2個目のたこ焼きをつつきだした。 「拓馬さんはどうなんですか?」と聞く鈴の声に、わずかに不安と怒りに似たものを感じる。  彼女は、自分のことも拓馬のことも、信用していない。 「拓馬だっていい奴です。面白いし、アイスクリームをよそるのが上手いし、球技はだいたい上手いです」 ほめておいて、なんだか不思議な気分になった。自分の中では、アリサとか言う子より拓馬の方が価値ある存在である。そう言いたいのを、丸く収めたような気持になっていた。  拓馬にはもっといいところがたくさんある。何から話そうか。そう頭を使おうとして、思考がとまった。舞華が笑ったのだ。 「ちょっとだけ、安心しました。ナンパされた人と付き合っちゃうなんて、そしてその相手が男子校の方だって聞いた時はおバカさんなんじゃないかと思っていたんですが」 舞華は申し訳なさそうに言葉を止めた。 この「男子校」がただの男子校ではなく、自分らの通う「条西高校」を指すことは理解できた。そして翔平が理解したことを、舞華も理解した。はじめましての人間をなるべく傷つけないように、探りあう。舞華が続けた。 「拓馬さんのことを心からよく思っているお友達がいるということは、拓馬さんは良い人なんです。それが分かったので、今日はもう満足です」 一瞬、これで帰ってしまうのかと思ったが、舞華は少し冷めて食べやすくなったのであろうたこ焼きを4つ目まで食べた。残りを翔平に渡す。   片側に列をなしたたこ焼きを、それぞれひとくちで食べてしまったことを少し後悔していると、舞華がこの祭りを楽しんでいるのかが気になった。  初対面の男とたこ焼きを食べ、親友の彼氏を探る。数少ないティーンエイジャーの一年の夏に、そんな灰色の思い出をにじませたくなかった。 「舞華さんは、他に食べたいものとかありますか」 はじめて名前を呼んだ声は、かき氷のようで溶けてしまいたかった。拓馬とアリサはすでに食べ終え、じゃがバターとチョコバナナは外せないと話あっているのが聞こえる。 「そうですね、食べ物ではないんですけど、金魚すくいがやりたいです」 ぎこちなく目が合った。 翔平は「じゃぁ行こうか」、そういうので精いっぱいだった。
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