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二発目を待ちながら、翔平は左手で揺れる金魚を目の高さまで持っていった。
舞華も真似をするのを、横目で確認する。
「金魚って、花火見えるんですかね」
純粋な疑問が、薄く残る緊張の皮をかぶったまま転げ落ちた。
「どうですかね。魚眼レンズというくらいですから、遠くのものは曲がって見えるのかもしれませんね」
「そっか。そうですね」
魚眼レンズとは。翔平は次の話題に困っていた。自分の頭の中に「困る」という文字が出てくるくらいに。
「あ、あれ」
舞華が指をさした。その先には拓馬とアリサが、それぞれ色の違うチョコバナナを両手に夜空を見上げていた。どうやら食べ比べている ようだ。
と突然、ドンっと大太鼓を力いっぱい叩いたような音が腹に響いた。
パンっと赤い点々が広がる。
「ちょっと大きいですね!」
舞華の声がワントーン上がった。ひらひらと音のない拍手をしている。数秒後、またドンっと暗闇で音がした。今度は緑から青に変わる。
火花が、パラパラと音を立てて消えてゆく。舞華はスマートフォンを出すと、しきりに写真を撮りはじめた。
「翔平さんはどんな花火が好きですか?」
スマートフォンを下げると、彼女はこちらを見上げた。どんな花火とは。少し考えて、音を待った。
「今のとか好きです」
黄色の大きな玉が広がり、ちらちらしながら消えていった。
「菊玉ですね!」
舞華の髪飾りが大きく揺れた。
「舞華さんは?」
話をどう展開したらいいのかわからなくて、翔平は聞き返した。私は、と彼女が返そうとする。
「私は花火が燃え尽きて、白い煙が残っているところが好きです。なんか骨みたいで、おもしろいなって……」
彼女の顔を赤い花火が照らした。
花火が燃え尽きたところ。残像の白い煙。骨。ちょっと変わった子だ。
翔平は空に目を凝らした。青く八方に散る花火が、自分の瞳をいっぱいにするのがわかる。そしてきらきらと点滅し、消滅した。白い輪郭が浮かび、ゆっくりと歪んでいく。
確かに、骨みたいだ。手のレントゲンを撮ったみたいにも見える。そしてすべてが消える前に、次の花火が打ちあがる。
翔平は上へと上がる色玉を目で追い、それが消えてなくなるまでを観察した。
この花火、あの花火、次の花火。すべての花火が残す、白い残像。
こんなところを見ようと思って見たのは初めてだった。花火の主役は、あくまでカラフルな火の玉であって、煙ではない。翔平は再び彼女をみやった。
「舞華さんの言った、白い煙が骨みたいに見えるって話、なんだか分かった気がします。僕も好きです」
本当に好きかどうかはわからなかった。しかし、好きだった。バンバン、と小ぶりの花火が続けてはじける。
「本当ですか? 嬉しいです、あんまりわかってくれる人いなさそうなんで。ちょっと恥ずかしいですけど」
舞華が逃げ場を探すようにスマートフォンを確認した。なんだか特別な秘密を知ってしまったみたいだ。舞華はいじるところのないスマ ートフォンをしまうと、再び夜を照らす花火を眺めた。
翔平もそれにならった。 延々と続きそうで終わってほしくない花火大会は、金色の大きな花火の大群によりクライマックスとなった。
最後の一発の一粒が、ゆっくりと落ちて消えていく。人々はそれ を確認してからぞろぞろと動き始めた。音、振動、匂い――。翔平は金魚の様子を見た。
袋の水には、まだ花火のざわめきがちらついていた。
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