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1.1 小枝<さえだ>
今宵は少し肌寒いと、女は思う。
彼女が纏う支給品の外套は、
立派なのは外見だけで、その実なんの温かみも与えてくれはしなかった。
それもそのはず、外套の役割は世間の目を欺くことにあり、
その任務の性質上、騒ぎを憚らざるを得ない内務省災華局の人間、
特に誅殺課の人員に渡されるもの。
それ故に色は随分と暗く、
また丁度この闇夜に馴染むようなんら派手な装飾もなく、
そして上半身をまるごと覆ってしまっている。
そんな外套よりも濃く暗い濡鴉の長髪を持つ女は桜と呼ばれており、
そしてその呼び名以外、何一つ持ち合わせてはいなかった。
漂流する記憶の中で、しかし残った事実はただひとつ。
それは、己が身は花憑きであるということ。
そして己が憑かれたのはサクラの憑花であると。
今は訳あって、花憑きの身でありながら花憑きを討つ災華局に属し、
多くの任務に従事しているのであったが、その顛末はまた追々。
とにかく今宵は、その身に与えられた僅かな余暇を持て余し、
青白い夜の街を理由も無く彷徨い歩いていたのだった。
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