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四光は言う。
「この死体はついさっき見つかったそうよ」
その落ち着いた声のままで、彼女は目の前の台に横たわる、
青ざめた死体についての顛末を語った。
けれどすべては話さずに、いくつかの疑問を雨島に投げかける。
どこでどう見つかったと思うのか。
果たしてこれは何者の仕業なのだろうか。
なぜこの男は殺されたのだろうか。
雨島は答える。その濡れそぼった洋服を見て、
「川に捨てられていたのでしょうか」
「それは本当かな?」
「たぶん」
「水死体はもっと膨らむ。
死体を見るのはまだ怖いのだろうけれど、
目を逸らしているばかりでは、分かるものもわからない」
「すみません」
「まあ、最初は誰だって嫌なものよ。
けど……君はあの桜のお嬢さんと一緒だったわよね」
雨島はドクンと身を震わせた。
彼にとっては、あの夜の記憶は『無かったもの』だったのに、
彼女の言葉を鍵として、閉じ込めていた感情が脳みその皺々から吹き出しそう。
ただ恐ろしいことに、人間は無意識のうちにどんな現象に対しても慣れてしまうようで、
彼の記憶の絵面に、以前ほどの嫌悪は無かった。
ただ、それは記憶の中の話。
今目の前にある実物については、やはりその臭いも雰囲気も耐え難いもので、
どうあっても直視できないでいた。
「それじゃあ、質問を変える。
この男は誰に殺されたのだろうか」
四光は雨島の肩に手をやって、まだ辛うじて差し込む月明かりが作る影、
夜のなお暗い場所に留まっていた少年を真実の前に引きずり出した。
「よく見て」
「は、はい」
と言っても、まだ少年の眼は開きながらに閉じていた。
確かに光学的な像は彼の瞳の奥に結ばれているのだが、
それを正しく認識するための神経が閉じている。
「この男はどうして死んだの?」
「わ、わかりません」
「ほら、ここ」
四光はそのすらりとした白い細指で、
死体の口をこじ開ける。
ブクブクと太った禿頭の、脂の溜まった顎が段を作っている表情は、
死してなおこの男の不摂生さと堕落した生活を喧伝している。
そして雨島は彼女の指の綺麗さに釣られて、
その指が開いている物の正体を見てしまう。
ぼやけていた赤茶色の表情は、今やはっきりとした死相を見せる。
「ここに詰まっているものは何かな」
「あ、ああ、あああ」
雨島は震えた声で答える。
「く、くさ、です」
「そうだね。草がびっしりと詰まっている。
これは気道だけでなく肺にまでびっしり蔓延っている」
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