1.4 下知

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1.4 下知

 「うう、思い出したらまた吐きそうだ……」 雨島は今朝の顛末を桜に話し終えて、 またそのせいで最悪の気分をぶり返していた。 「あら、桜嬢(さくらのじょう)。こんな早くに珍しいですね」 カツカツと石床を鳴らしながら、四光が廊下の向こう側からやってくる。 「お前、随分とコイツに無理をさせたそうじゃないか」 「ええ、まあ。教育係としては当然でしょう?  人の死に様でいちいち気を落としていては、然るべきことも為せない」 「同感だな。そうやって何人潰してきた」 「適性のない人間は使えない。それに、本人の為にもならない。 その点、君はまだ気概のある人間だから」 四光は俯いている雨島の顔を覗き込んで、その磨かれた黒目でじっと見つめながら、 「頑張ってね」と、笑う。 それが感情のない作り物の笑顔だとわかったのは、桜だけだった。 「が、がんばります」 と、先輩からの声かけに健気に答える雨島。 「よし、それじゃあさっそく」 改めて背筋を伸ばす四光。 「局長からの指令です。 此度の事件、私と君、そして桜嬢の三人を以って解決せよとのこと」 「局長――直々にですか」 「ええ」 「四光さんが担当になるなんて――だったら今回の事件、 相当危ないものになるんでしょうか……」 「さあ――それは蓋を開けてみないとわからない。 ただ、杏一郎殿もそこまで大事なものとは考えていないのでしょう。 おそらくは君を一人前にする為の訓練として私たちを充てがった。 そう考えるのが妥当でしょうね」 「もし僕がしくじった時は」 「私が尻拭いをするでしょうね」 素っ気なく四光は答えた。 もはや仮定することすら無意味なほど当然であると言っているように。 雨島は深い溜め息を吐くが、それでも任務自体は受け入れる覚悟はできていた。 それがこの組織に身を預けた人間の定めであると、彼は観念しているのだ。
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