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懐紙で刀の血を拭う。
鮮やかな朱に染まった紙を丁寧に畳み込んで、死んだ女の胸に添える。
一種の礼儀作法の類いか、それとも彼女なりの儀式なのか。
実際彼女にも区別は付いていなかった。それほど、永く生きすぎたのだ。
橘はしゃがみこんで、桜の女のこめかみに手を添える。
「右近だ左近だの言われた時から、あんたとは因縁あるが、
まさかこんな厄介事になっちまうとはね――。
仕方ないが、この子からは奪っておかなくっちゃあならないよ」
右の袖口から枝が這って出てくる。
たちまちに若葉が生え、
一つのたちばなを実らせる。
「あんたには悪いけれど、
あんたの中にある危なっかしいものは全部取らせてもらったよ。
恐ろしいね。こんな奴が、人の内にいていいはずがないのに。
さあ、もう、狂い咲くもいいが金輪際なにもかも綺麗さっぱり忘れて、
まっとうに死ぬんだよ。あんたはそうしなきゃならないんだよ、いいね」
袖口の梢の実を引きちぎり、橘は懐にしまい込む。
立ち上がり、曇りゆく空を見上げる。
「嫌な空になってきたね。
こんな灰色の雲が空にかかると、決まって小汚い鼠共が出てくるものさ」
橘の嫗は花憑きに警告する。
たった今、自ら命を奪いとったにもかかわらず、その復活を見越しているように。
「あんたいつまでもそこでへばってる場合じゃあないよ。
奴らは取れるもんならなんであっても根こそぎ剥ぎ取る強欲な奴らさ。
まあ、あんたなら大丈夫だろうが」
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